朝の目覚めに鳥と侍女
ピチチチチ、という朗らかな鳥の声でアルマリアは目を覚ました。
未だはっきりしない頭で、ごしごしと瞼を擦る。くぁあと小さく欠伸をして、するりと寝台から下りる。昨日と違い、思いのほかすっきりとした眠りにつけたことを不思議に思いながら、なんともなしに髪を指先で緩く梳く。
はた、と彼女は動きを止めた。
「あら……?」
ぱっと口元に手を当て、瞬きをする。一気に眠気は霧散した。
殿下——ヴィルヘルム様が、いらっしゃらない。
たちまちアルマリアは不安になった。まさか寝相の悪さで追い出してしまったのかしら。いえ、そういえば私の寝相ってどうなのかしら。というか本当にどうしてヴィルヘルム様はいらっしゃらないのかしら。まだ朝は早いですし、もう起きたなんてこと、あるとは思えないだけれど。
などと一人ぐるぐる悩んでいると、控えめなノックが聞こえてきた。
「姫様、お召しかえに参りました。お起きでいらっしゃいますでしょうか?」
「は。はい。どうぞお入り下さい」
何処か聞き覚えのある声に首を捻りながら入室を促す。すると、「失礼します」と滑らかな口調で言って、赤毛の侍女がしずしずと入ってくる。その顔を見て、アルマリアはあっと声を上げた。
「あなた、私がきた日に案内をしてくれた……ーー」
「覚えていていただけて光栄です」
ヴィルヘルムを大いに叱り飛ばしていた少女は、はにかむように微笑んだ。
野に咲く可憐な花のような、羨ましいほど可愛らしい笑みだった。
結われた赤毛はアマリリスのような綺麗な紅。長い睫毛に覆われた瞳は琥珀色。あの日は眠さと一応の緊張とで見ていなかったが、随分綺麗な容姿の少女だ。
アルマリアはついじっと魅入ってしまった。ーーなんて可愛らしいの。
質素ながら品のある侍女服の裾を摘み、彼女はふわりと腰を屈めた。
「エンナと申します。不肖ながら、本日より姫様付きの侍女となりました。どうぞ宜しく願います」
アルマリアは目を丸くした。ついで、ゆっくりと優雅に一礼する。
「こちらこそ、これからお世話になります。どうか宜しくお願いしますわ。ですが……あの、宜しいのでしょうか。確かあなたはヴィルヘルム様の侍女と窺っておりましたが」
ぴき、とエンナの表情が固まった。その顔色が氷点下に染まったかと思えば、ぎりぎりぎり、と歯軋りの音が聞こえてきた。え、と驚いていると、
「ーーー腐れ縁なのですよ。やっと……やっと離れられるのです! あの死体馬鹿が!」
地獄の底から呻くように彼女は唸った。
本来なら、不敬ですよとでも嗜めるべきなのだろうがどうにも言い難い。というよりアルマリアはあまりの剣幕に圧倒されてしまった。そんなに大変だったのだろうか。
(まぁ…死体が何よりもお好きというお方ですものね……)
お付きの侍女としては卒倒したくなる嗜好なのだろう。恨みつらみが最後の一罵声に込められていた気がした。
そういえばヴィルヘルムは本当に何処にいるのだろうか。
「あの、エンナ?」
「! し、失礼致しました。何でしょうか」
「ヴィルヘルム様はどこにおられるのでしょう」
ことり、と首を傾げる。エンナは再び青くなった。
「あ、えぇと……そのぅ、」
途端に歯切れの悪くなったエンナの様子から、アルマリアは何となく思い至った。
(ああ……死体を探しにいかれたのかしら)
本当に好きなのね、と少々呆れる。
だが、それ以外ではこれといった面倒な性格ではないようだから、アルマリアは実をいうととてもほっとしていた。気を遣うのも、愛を捧げるような真似をすることも、得意ではない。妃でいることだけを望まれているなら、それほど分かりやすく楽なことはなかった。ーーなんて、不謹慎なことを言っては駄目ね。
ともかく彼女はもう王子のことは追求しないことにした。
「ではエンナ。着替えを手伝っていただけますか?」
ふわりと微笑って言うと、エンナは頬を赤らめながらほっとしたように頷いた。