初めまして、御機嫌よう。
エビリスの白雪姫。
そう謳われる姫君がいた。
美しき彼女の名前はアルマリア。
か弱き王妃が難産の末に産み落とした、王国の大切な大切な愛娘。
真白のかんばせに真白の心。まるで神の使いのような微笑みを浮かべ、淑やかに紅茶を飲むその少女。
御歳十七歳。
どんなに大切にされていようと彼女はかの王国の王女であり。
どんなに惜しまれようと姫君の少女は嫁がねばならぬ。
それがエビリスの絶対の決まり。
変わることなき王女の掟。
それ故かの姫君アルマリア。
とある大安吉日に。
隣国の王子へと嫁いでいった。
*
アルマリアは壮麗な部屋の中で、優雅にお茶を飲んでいた。
「…………どうして、殿下はいらっしゃらないのでしょう」
ぽつり、と彼女は呟く。呟きがてら、かちゃりとカップをソーサーに戻した。
エビリス国の隣国、リュファーニア聖国。
聖王国、と呼ばれる大国である。
その王宮の一室で、この国の第一王子に嫁いできたアルマリアは、一向に現れない花婿に思いを馳せていた。——そろそろ眠いのですが。
「も、申し訳ありません、アルマリア王女殿下。ヴィルヘルム王子は、その、今こちらにー……、そ、その……」
「ああ、ああ、ごめんなさい。あなたを責めた訳ではないのですよ。ただ、どうかなさったのでしょうか、と不安に思っただけですので」
蒼白な顔でおろおろと謝ってくる侍女に慌てて言い、ふぅ、と溜め息をつく。
はっきりと言ってアルマリアにとって婚礼なぞどうでもいいことだ。
こんなもの、義務に過ぎないのだから。
ただ、いつまでもここでぼんやりとお茶を飲んでいるのも暇であるし、そもそも異国の王宮で他国の姫が普通にお茶を飲んでいるのはどうか、とも思うので。
ちらりと己の姿を見やる。純白の、それでいてきらびやかな衣装。これで永遠の愛とやらを誓うらしい。……愛も何も実際の顔すら知らないのだが。
リュファーニア聖国のヴィルヘルム王子。
特に女癖が悪いとも、金遣いが荒いとも、権威を笠に着るボンボン根性丸出しの男、などという悪い噂は聞いていない。大体物腰柔らかで穏和で気さくな人物だと聞く。
だが、ひとつだけ、気になる話を聞いた。
それは、王子が……————
——バン!
不意に、大きくドアが開かれた。周囲から小さく悲鳴が上がる。
「ああすみません! 遅くなりました姫! 先程まで検死をしていましたもので」
……王子が、聖王国では稀にみるほどの死体好きだという話。
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