クリッジ 1
白い物体が巨神像だとわかるまでそう時間はかからなかった。
遠くからみても全体的にぼけてはっきりと姿を認識できなかったが、近づくにつれて穏やかな慈愛に満ちた表情がみえてきた。
巨神像に守られるかのようにクリッジの街が広がっている。
城門から街に入ると冒険者であふれていた。
「この街はこんなに活気のあるところだったか」
とイオリテが言った。
「前に僕達が来たときにはそんなに活気のあるところではなかったけど、近くのダンジョンで隠し通路がみつかってからは多くの冒険者が訪れるようになったみたい」
「隠し通路……」
「そう隠し通路……」
僕達は目を合わせてあっと叫んた。
「本当なら精霊石は隠し通路の先にあったんだ」
「その可能性が高そうだな」
もしかしたら精霊石を手に入れるヒントになるものがあるかもしれないからと、僕達は一度そのダンジョンに行ってみることにした。
ダンジョンの中は冒険者がたくさんいて隠し通路まで迷うことなく行けた。
隠し通路では人だかりができていた。
冒険者達が隠し通路をすみずみまで調べているので、僕達に調べる余地は残されていなかった。
冒険者達は雑談しながら自分達が調べる順番がくるのを待っていた。
彼等の多くが笑いながら洞窟男の噂話をしていた。
洞窟男のプレイヤーネームはフラッグマン。
フラッグマンは解析ツールを使って重要なアイテムのある場所を調べたらしい。
解析結果から山の中心部に重要なアイテムがあるらしいことがわかった。
フラッグマンはそれ以来ずっと洞窟を掘り続けている。
その噂話をきいて、僕達はフラッグマンにあってみることにした。
フラッグマンにあった場所を覚えていなくて、もう一度あうのは難しいかとおもったが、クリッジの街では彼は有名で彼の居場所を簡単に知ることができた。
あいに行くと、彼は前と同じようにトロッコから土をおろしていた。
僕は彼に話したいことかあるから時間を欲しいと頼んだ。
彼はもう少ししたら休憩するからその時ならいいと言うなり作業にもどった。
彼は疲れた様子で作業をやめて僕達の方へ休憩をするためにやってきた。
「それでなんのようだ」
「君が探しているものについて知りたいんだ」
「笑いにきたのか」
彼は警戒するような目で僕をみた。
「そんなんじゃない。君が探しているものと僕が探しているものは同じものかもしれないんだ」
「残念ながら俺達が探しているものは別のものだ。お前が探しているものは物理的なものだろ。俺が探しているものは精神的なものだ。話しは終わり。帰れ」
彼はそう言うなり立ち上がり作業に戻ろうとした。
「僕は精霊石を探している。それが虹色の塔に行くために必要なんだ。そこでログアウトできない不具合を解決できるんじゃないかとおもっている。君が解析ツールでここに重要なアイテムがあることを調べたことをきいて、もしかしたらとおもったんだ」
僕の話に彼は驚きの表情をみせた。
「精霊石……。残念だがそれはここにはない。お前が探しているものはかつてエクリプスが手に入れたものだろ。あいつは洞窟なんか掘らなかった。あいつが洞窟を掘ってたら、俺は洞窟なんか掘る必要なかったんだ」
彼はそう言いながら首を振った。
「それなら君はなんのために洞窟を掘っているの?」
「エクリプスに勝つためさ。あいつはこの世界のすべてを知りつくした。この洞窟の先を除いてな。ここに隠されているものをあいつよりも先に手に入れることに価値があるのさ」
彼の目は力強く僕の目を見据えた。
「もしエクリプスが君の知らないところから洞窟を掘って精霊石を入手していたとしたら、そういう想像をしたりしないのかい?」
「何度も想像した。だけど信じている。このさきには俺にしか手に入れることのできないなにかが待っているってね」
そう言って彼は立ち上がった。
もういいだろとつぶやいてから、洞窟の中に戻って行った。
「言い忘れていたがこの街にいるやつらはログアウトなんか望んでないとおもうぜ。どいつもこいつもダンジョンに夢中だからな。なんならログアウトできなくなって喜んでいるんじゃないか」
洞窟へ入る前に振り向いて笑みを浮かべながらそう言うなり、彼は洞窟へ戻った。
「精霊石のありかについてヒントになりそうなことはわからなかったね」
僕は気落ちしながら言った。
「そんなことはない。エクリプスというものがこの辺りで精霊石を探していたことがわかったのだから、十分な進歩だ」
「フラッグマンとエクリプスがどういう知り合いかわからないけど、エクリプスは正体不明のプレイヤーで彼の捜索していた場所を知っている人はいないとおもうよ。なによりエクリプスがここの精霊石を探していた時期は七年以上前なんだから」
「焦るな。精霊石を探すことが難しいことは旅に出る前からわかっていただろ」
イオリテは安らかな表情で言った。
僕はたしかに焦っていた。
ダンジョンの隠し通路に多くの冒険者が集まっているのをみて、もしかしたら彼等のうちの誰かが精霊石をみつけるかもしれない、そんな恐れを抱いていた。
恐れ……。
精霊石は僕がみつけないと駄目なんだろうか。
僕は自分に問いかけた。
答えはでてこなかった。
僕達はクリッジの街に戻った。
巨神像は困惑した表情をしていた。
とりあえず宿屋に泊まることにした。
僕はこの街に来てからずっと気になっていたことを店主に聞いてみた。
「この街の周辺にはあまりモンスターがいないみたいだけどなにか理由があるんですか」
「気のせいじゃないですかね」
と店主が言った。
「ダンジョンのなかにもモンスターがいなかったんですよ」
「あたしはそういうところに行ったことがないんですよ」
店主は作業をこなして僕に鍵をくれた。
「お客さん、大事なことを言い忘れてました。いいですか。絶対に夜は街から出てはいけませんよ」
僕達は部屋に入るとすぐにいまの話について話しあった。
「夜に街から出るとなにが起こるんだろう」
行くなということは、行けということだ。
それがRPGの大原則だ。
「興味深い話だったな」
イオリテいたずらっぽい顔で言った。
「行くしかないね」
僕達は支度をして夕方に街を出た。
「どの辺りが特に危ないかきいておくべきだったな」
すっかり夜になったがこれといった異変が起こらず、僕達は彷徨い歩いていた。
満月の夜はとても明るく感じた。
闇の中でも巨神像はその姿を主張していた。
突然、犬の遠吠えが鳴り響いた。
「犬……」
その遠吠えは振動を身体で感じるほど力強く響いていた。
イオリテの顔色が変わった。
「宿屋の店主の言うとおり街を出るべきではなかったかもしれない。やっかいなモンスターだ」
イオリテは短剣に右手を添えて身構えた。
僕が話しかけようとすると、彼は左手で僕に静かにするように促した。
ただならぬ緊張感が漂っている。
闇の中から狼が出て来た。
僕は杖を身構えた。
狼は少しずつ増え続け、いつの間にか僕達は狼に囲まれていた。
突然、狼が飛びかかってきた。
「弾き飛べ!! 宝瓶反攻壁!!」
僕が狼を弾き飛ばすとイオリテは素早く次々と狼を切り倒していった。
このやり取りをきっかけに僕達は次々と狼を倒していった。
倒せど倒せど次から次へときりがなく狼はあらわれた。
流石のイオリテも僕を守りながら戦っているからか疲れがみえてきた。
「目を閉じろ!!」
突然、どこからか大きな声がきこえた。
僕は指示どおり目を閉じた。
すると目を閉じていてもわかるほどの強烈な光が大地を覆った。
楽しんでいただけましたか。
毎週月、水、金曜日の午前7時頃に1話ずつ更新する予定です。
またお越しください。