冒険の始まり3
「すごい」
僕は呟いた。
「モンスターを倒す術だけを磨いてきたからな」
僕の呟きをきいていたらしく、誇らしげにイオリテは言った。
ダイオーガが消えたことで逃げてた人々が戻ってきて、何事もなかったかのように日常へと戻った。
あまりにも何事もなかったかのように人々が日常に戻るので、僕はすこし怒ったように言う。
「なにかあってもよさそうなのに。褒めるとか、礼を言うとか。イオリテが戦ってたのをみてた人もいたのに。なんか納得いかない」
「そんなものだろう。道路のゴミを拾ったからといってその人を褒めたり、礼を言ったりしないだろ。これが日常なんだ」
不満げな僕をみてイオリテが言う。
「そなたがさっき褒めてくれただろう。あれでじゅうぶんだ」
いつの間にか夜が明けようとしていた。
城門は夜明けとともに開き、日没とともに閉まる。
僕とイオリテは開門と同時に古代図書館に出発するべく、荷物を取りに拠点に帰ることにした。
まだ夜明け前なのにところどころでお店が開いていた。
僕達と同じように城門を出る人々のために開けているのだろう。
灯りのついたお店から出てきた店員らしき人が看板を設置して、またお店に戻った。
道の向こうでは大きな梯子を持った人が一つずつ街灯を消しているのが見えた。
街は夜明けの準備で忙しそうにしていた。
彼等には役割があるのだ。
RPGなのにロールを持たない僕はなにをすればいいのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、またさっきと同じ路地裏の看板に惹きつけられて僕の足が止まった。
「あの武器屋に寄らないか」
と言葉が勝手に僕の口からでていた。
「このトパシオンは凄く良い短剣だ。これより優れた短剣はほとんどないだろう」
「短剣を買いたいわけじゃないんだ」
「そなたが武器を持つ必要はない。私一人でも問題なくモンスターを倒せるのだから」
「君が一人でモンスターを倒せるかどうかは問題じゃないんだ。ただ……」
言葉がうまくでてこなかった。
イオリテは僕の言葉を待っていた。
僕はただ僕の物語の主人公になりたかったのだ。
しかしそれを口に出す勇気はなかった。
アバターに憑依してる時の僕はこの世界の主人公だった。
だけど今は脇役にさえなれていない気がした。
僕は少しずつこの世界が嫌いになっていた。
道路のつきあたりの城壁の上に日が昇るのが見えた。
僕はずいぶん長い時間立ちつくしていたらしい。
そのあいだイオリテはずっと隣にいたらしい。
僕の視線に気がついたイオリテは微笑んだ。
「強くなりたい」
僕の口から気持ちがあふれていた。
「僕は強くなりたい。君と一緒に戦えるくらい強くなりたいんだ」
と僕は言った。
「すまなかった。タリオの力を侮ったことを詫びよう」
とイオリテは僕に頭を下げながら言った。
イオリテは頭を上げると微笑んだ。
そして手を差し伸べて僕に尋ねた。
「私とともに戦ってくれないか」
僕はその手を掴んだ。
武器屋の中はレアリティが高い物で溢れていた。
僕はこの武器屋のことを思い出した。
この武器屋はプレイヤーズマーケットになっていて、プレイヤー達がレア武器を売り買いできるのだ。
サービス期間が長くなるほどひらく強さの格差を解消するための施設だ。
売った武器のレアリティにおうじてポイントを獲得できて、ステータスのラックを増やせる。
新規プレイヤーは手軽に強くなれて、古参プレイヤーは運が良くなる。
ウィンウィンだ。
この武器屋はプレイヤーの拠点に近いこともあって、品揃えが豊富だった。
レアリティの高い装備には魔法の力が込められているものがある。
たとえば剣をふるだけで炎がでたり、杖をふるだけで雷がでるというぐあいに特別な力を持つ装備品がある。
僕はそんな武器を探していた。
「特別な武器はありませんか?」
僕は店主に言った
「あるよ、ちょっと待ってて」
店主はそう言うなり奥に行った。
店主は五つの武器を抱えて戻ってきた。
剣、剣、杖、槍、大きくて黄色い蟹の爪。
「どれがいい?」
「一番強いのはどれです」
「これだね」
店主は蟹の爪を指さした。
「これは特別のなかでもさらに特別、武器が使い手を選ぶ変わった武器。その分強いよ。試してみるかい」
店主にすすめられるまま僕は蟹の爪を右手にはめてみた。
親指を短い方の爪に入れて、残りの指を長い方の爪に入れる。
手を包む手人形のような感覚だ。
突然、蟹の爪が光輝いた。
「ホォー。どうやら武器に選ばれたようだね。カルキノス、それがこの武器の名前さ」
「カルキノス……」
「自分よりも強くて絶対に勝てないとわかっていてる相手に、友を助けるために戦った勇敢な戦士の名前さ」
「いい名前だけどこれでどうやって戦えばいいの?」
「こいつは杖なのさ。変わった形の杖。長い方の爪先から魔法をだせばいい。詳しく知りたければこれを読むんだな」
店主は取り扱い説明書と書かれた紙を僕に渡した。
「こいつは変わった武器で複数の魔法が込められているんだ。どうだい、気にいったかい」
僕は杖を眺めてみた。
杖は不思議と手になじんでいた。
「これ、買います」
「十億コインだ。こいつの性能を考えれば安いだろ」
「じゅ、十億……」
僕は言葉を失った。
そんな大金あるだろうか。
この世界では一回の食事に百コインあればそれなりにいいものが食べられるのだ。
「ギリギリ買えそうだな」
とイオリテが言った。
「そんな大金持っていたかな」
「拠点に所持金十億コイン達成の実績解除トロフィーが飾ってあったから持っているのではないか」
僕はステータス表示の所持金の欄をおもいだそうとした。
まったくおもいだせない。
実績解除……。
数ヶ月まえに所持金十億コイン達成の実績解除をした記憶があった。
「全財産使い果たして大丈夫だろうか」
「問題ない。お金ならまた貯めればいいだけだ。魔石を売ればお金になる」
イオリテはさっき拾った魔石を取り出して言った。
「よし、買おう」
僕達は拠点に戻ることにした。
拠点に戻ると木箱のコインを袋にうつした。
千枚の百万コインを袋にうつしてもまだ木箱のなかにはコインが残っていた。
自分で予想していたよりも多く蓄えていたらしい。
僕は旅立ちように準備していた防具と靴に着替えた。
防具はポルックスといわれるレアアイテムだ。
回避力と運が大幅にあがる黄色いバトルスーツ。
靴はピシーズといわれるレアアイテムだ。
回避力と素早さがあがるたい焼きみたいな靴。
着替えが終わるなり出発した。
僕達は武器屋でカルキノスを購入して、そのまま城門にむかった。
城門には僕達と同じように冒険に出かける人々が何人もいた。
立派な装備に身をまとって、誰もがとても強そうにみえた。
何度も通ったはずの城門がいつもと違ってみえた。
僕はまたここに帰ってくると心に決めて城門をでた。
楽しんでいただけましたか。
毎週金曜日の午後四時頃に1〜3話ずつ更新する予定です。
またお越しください。