冒険の始まり2
目を覚ますと窓から西日が射していた。
そして目の前に戦士の人形が立っていた。
僕が目を覚ましたのに気が付くと、人形は何度も僕の名前をよんだ。
僕は身体を起こし部屋の中を見回した。
部屋の中は眠りについたときのまま荷物だらけで散らかっていた。
「タリオ。私だ」
何度も僕の名前を呼んでいた人形は少し寂しそうに言った。
青い鎧に青い兜背中に短剣を背負ったベットとおなじくらいの高さの戦士の人形に僕は見覚えがあった。
人形の鎧の胸のあたりにほどこされた、盾型のワッペンのようなブリキ板を貼り付けただけのヘタクソな修繕跡を見て、僕はこの人形がイオリテであると気がついた。
この世界にはかつて世界を救ったといわれている三英雄がいる。
彼らの特徴的な兜と彼らが好んで取り入れていた色にちなんでいつしか『ラズベリーナイト』『スグリナイト』『ハスカップナイト』と呼ばれるようになった。
彼らをかわいらしくデフォルメした人形はパペッティアの武器として、どこの武器屋でも買うことができる。
しかし背負っている短剣トパシオンと胸のワッペンがイオリテと他の既製品をまったく別のものにしていた。
トパシオンはコゲツからもらったレアアイテムで、その刃はブルートパーズのように輝く名剣だ。
イオリテはたしかに僕の相棒で間違いないのだが、本来ならばパペッティアの魔法で人形は動くはずで自分で意思をもって勝手に動くはずがないのだ。
そして僕のジョブはそのパペッティアだった。
「イオリテなのか」
と僕が訊ねると彼はうなずいた。
「なんで、どうなっているんだ。君は生きてるの」
「生きている?」
イオリテはキョトンとした顔で僕をみた。
そして笑いながら言う。
「なるほど。どうやら私は生きているようだ」
「いったい何があったんだ。にんぎ……。どうして……」
「気をつかわなくていい。たしかに人形が勝手に動いているさまは不思議だろう。
私にもくわしいことはわからないが、不思議な力を感じて気がついたらこの部屋にいて勝手に動けた。それが昨日の昼頃のことだ」
「不思議な力」
僕は気を失う前にみた昨日の虹色の光を思いだした。
「何度も部屋を出ようとおもったのだが、もしかしたらそなたが帰ってくるかもしれないとおもってまっていたのだ」
突然、僕のお腹がグーっと鳴った。
「なにか口にしてはどうかな」
「ああ、そうしたいけどお金がなくて何も買えないんだ」
するとイオリテは部屋の隅にある木箱の中からゲーム内通貨を取り出して言った。
「お金ならここにあるではないか」
僕は立ち上がり木箱の中を確認した。
その中には大量のお金が入っていた。
僕は部屋の中の荷物を確認してみた。
一通りみて気がついた。
この部屋にあるものは僕が倉庫に入れていたアイテムなどなのだ。
お金が入っていた木箱が本来であれば荷物倉庫なのだ。
アイテムはデータとして荷物倉庫に収められているはずで、部屋に具現化されて置かれることはない。
だが今は木箱から荷物が溢れ出して部屋の中を埋めている。
異変に戸惑う僕はイオリテは不思議そうに見つめていた。
「買い物に行こう」
僕はイオリテに心配させたくなくてそう言っていた。
彼はうなずいた。
腹ごしらえをして、日持ちしそうな食料品を買うとすっかり空は暗くなっていた。
街はすこしずつ明かりが灯りはじめた。
街には人がたくさんいて、楽しそうにしてたり、笑っていたり、まるでいつも通りですよと言わんばかりに普通だった。
ログアウトできずにこの世界にとじこめられて不安ですみたいな表情をしている人がみあたらなかった。
ここにいるのは全員元NPCなのだろうか、と思うほどにすべてが自然だった。
イオリテが武器屋のショーウィンドウを眺めているのに気がついた。
視線の先にはイオリテと同型の人形がいくつも並んでいる。
僕の視線に気がついて、イオリテは言う。
「買い物は済んだ?」
「あとはリュックを買おうとおもってる」
「リュックはなにに使うのだ」
とイオリテは僕に言った。
「日が昇ったら、情報を集めるために古代図書館に行こうとおもう」
と僕は言った。
図書館は街の中央部と街の外にある。
街の中央部にある城立図書館だと人で溢れかえっていて何もできずに一日が終わりそうな気がした。
それで街の外に出ることにしたのだ。
僕の記憶が確かなら、東側城門から街を出てそう遠くない場所に古代図書館がある。
そこなら長居しても日没までに街に戻れるはず。
問題は城壁の外にはモンスターがいることだ。
「モンスターが出るかもしれないから、万全の準備をしないといけないな。魔法も使えないし、装備だけでもいい物で揃えないと」
ゴブリンを倒したあとで、何度か魔法を試したが魔法が発動することはなかった。
「なんと。魔法が使えないだと。大変ではないか」
とイオリテは心配そうに僕の顔を見ながら言った。
「幸いなことに部屋にはパペッティアの装備品が揃っているからなんとかなるさ。防具は軽くて丈夫そうだし」
「武器はどうする」
イオリテの質問に僕はあせった。
武器はイオリテなのだ。
今までは彼を操って戦っていた。
しかし今の彼は意思を持つ。
戦うことを強制するのか、それとも僕を護ってくれるようにお願いするのか。
彼がただの人形だった時には、こんなこと気にしたこともなかった。
僕の困惑した顔を見てイオリテは言う。
「すまない。武器は私だったな……。ウム。私に任せろ。そなたの分も私が戦おう」
イオリテはショーウィンドウをみながら少し寂し気な顔で言った。
イオリテが戦うのなら、僕の役割は何なのだろうか。
胸の中がすこしモヤモヤした。
「ギャー」
どこからか悲鳴が聞こえた。
悲鳴の声で目を覚ました僕は、窓から外を眺めた。
夜更けの街は暗くてまともに判別できなかった。
「あそこ。
城壁の近くだ。
モンスターがいる」
いつの間にか隣で窓から外を眺めていたイオリテが言った。
そう言うなりイオリテは短剣を背負ってドアに向かった。
「行こう」
イオリテに促されるまま僕は彼に従った。
僕達は走ってモンスターのもとにむかった。
モンスターに気がついた人々が逃げるために僕達と逆方向に走っていた。
不意に路地裏にある武器屋の看板に惹きつけられて僕は足を止めた。
「どうした」
と先を走っていたイオリテが振り返って僕に言った。
「モンスターは近くにいるみたいだ。
怖くなったのならここで別れよう」
僕は首を振ってまた走り出した。
角を曲がると三区画離れたところに大きな黒い鬼が大きな棍棒を持って立っていた。
「やっかいなのがでてきたな」
「アイツはどんなモンスターなの」
と僕は言った。
今まで見たことないモンスターだったのだ。
「ダイオーガ。あの棍棒で殴られたものはメンタルにダメージを受ける。絶対に棍棒で殴られてはいけないよ」
とイオリテは短剣を構えながら言った。
僕はその名前を攻略サイトで見たことを思いだした。
昔、期間限定でレイドボスとして存在したのだ。
通称メンタルブレイカー。
バランス調整を間違えた強さ故に多くのプレイヤーのメンタルを壊したため、いつしかメンタルブレイカーと呼ばれるようになった強力なモンスターだ。
ナーフされるまで数人しか倒すことができなかったらしい。
「タリオ、さがって。アイツが来る」
そう言うなりイオリテはダイオーガに向かって行った。
ダイオーガが振り下ろす棍棒をイオリテ何度もたやすく回避し、その隙をついてゲッチョウナイフでダイオーガを何度も斬り裂いた。
切り裂く度に斬り口から黒い霧が浄化されて散っていく。
瞬く間に勝敗は決した。
瀕死のダイオーガは最期の力を振り絞って棍棒でイオリテを目がけて叩きつけた。
イオリテは短剣に力を込めながらその攻撃を回避した。
「飛べ斬撃!! 蒼玉飛閃!!」
そして叫びながら短剣を振るった。
すると短剣から青い斬撃が飛び出し、ダイオーガの身体を斬り裂いた。
ダイオーガは浄化されて魔石を残して消えた。
イオリテの圧倒的強さの前に、僕の中に無力感が残された。
楽しんでいただけましたか。
毎週金曜日の午後四時頃に1〜3話ずつ更新する予定です。
またお越しください。