冒険の始まり1
目を覚ますと僕は大広場にいた。
辺りはすっかり暗くなっていた。
大広場には倒れている人々がたくさんいる。
どうやら僕と同じように気を失ったみたい。
起きている人々は誰もが何が起こったのかわからない様子で困惑して立ち尽くしている。
「どうなってんだ。ログアウトできないぞ」
と誰か叫んだ。
その声を聞いた人々が本当にログアウトできないのか自分で試しはじめた。
本当にログアウトできないのか僕も自分で試すことにした。
僕はメニューウインドウを開こうとした。 何も反応がない。
もう一度試した。
しかし何も反応がない。
メニューウインドウが開けないとなるとログアウトできないだけでなく、アイテムボックスなどの便利機能も使えないことになる。
僕はもしかしたらと思いバトルコマンドウインドウを開こうとした。
しかし何も反応がない。
僕は魔法も試すことにした。
まっさきに思いうかんだのはいつも使っていた光の盾を出す魔法だった。
「弾き飛べ!! 宝瓶反攻壁!!」
しかし何も反応がない。
いつの間にか気を失っていた人々も起きはじめていた。
僕はパニックが大きくなる前にその場を離れて、ゲーム内の拠点に向かうことにした。
ログアウトできないことに不思議と不安はなかった。
この状況にワクワクしていたからだ。
僕は街並みを確認しながら歩いていた。
歩き慣れた道のはずなのに、いつもと違ってところどころ見覚えのない場所に行き着くのだ。
夜も更けて街灯の頼りない灯りで街並みを見ているせいかと思っていたが、どうやらそれだけでは説明がつかないほど距離感に狂いが生じているのだ。
いつもと違うことは他にもある。
スタミナの概念がないこの世界では今までだと常に全力で走っていても全く疲れなかったのに、今は歩いているだけで疲れるのだ。
そしていつの間にかお腹が空いていた。
これも今まで起こらなかった異変だ。
空腹の概念もこの世界にはないのだから。
何かがおかしい。
ログアウトできない件も含めて、大きな異変が起こっていることに僕はようやく少し危機感を持ちはじめた。
歩いているとあたりに黒い霧が漂っているのに気がついた。
黒い霧は負のエネルギーでできていて、それが集まることでモンスターが形成されるのだ。
こんなふうに多くの人がパニックになっているときには黒い霧が大量に発生するのだ。
街には結界がはってあって黒い霧は街の外に排出されるようになっている。
だから街の中にモンスターが形成されることはほとんどない。
黒い霧がだんだん濃くなっている。
嫌な予感がした。
前方の二区画先の交差点に黒い霧がすごい勢いで集りはじめた。
逃げないと、と思うまもなく黒い霧はモンスターになった。
黒い子鬼が現れた。
あれはゴブリン、フィールド上でよくエンカウントするモンスターだ。
初心者がレベルを上げるのにむいてる弱いモンスターで、いつもなら簡単に倒せる敵だ。
武器も防具もアイテムもなく、そのうえ魔法も使えないいまの僕にゴブリンを倒せるのだろうか。
ゴブリンが僕に気づいて走って向かってきた。
僕は急いで逃げだした。
ゴブリンは僕よりも速く走っていて、すこしずつ距離が縮まっていた。
距離を確認するために振り向いた拍子に僕は体勢を崩して転んだ。
僕が転んだのをみてゴブリンは飛びかかってきた。
まるですべてがスローモーションになったかのように、僕の目に映るすべてがゆっくり動いていた。
ここはゲームの世界だから絶対に魔法を使えるはず、僕はそう信じることにした。
使える、使える、使える。
そう何度も頭の中で唱えて、ゴブリンに手のひらを向けて両手を突き出した。
「弾き飛べ!! 宝瓶反攻壁!!」
と叫ぶと両手の手のひらから白い光がでてきて、ゴブリンは弾かれたように後ろに吹き飛んだ。
倒れたゴブリンは浄化されて魔石を残して消えた。
どうやら僕は迷子になったようだ。
空はいつのまにか白みはじめていた。
疲労も空腹も限界を超えていた。
僕はその場に座り込んだ。
「大丈夫かい」
誰かが僕に話かけていた。
僕は声のする方を向いた。
そこには僕が頻繁に足を運んでいた、消費アイテムを扱う店の店員NPCが荷台を引きながら立っていた。
僕は大丈夫ですと言おうとした。
しかしグーっと僕のお腹が僕の代わりに返事をした。
店員NPCは荷台からリンゴを取り出して僕にくれた。
「これ食べなさい」
その言って店員NPCは再び荷台を引いて歩きだした。
お金、僕はそう言ってポケットから財布をだそうとした。
ポケットには鍵が一つ入っているだけだった。
店員NPCは振り返りもせず手を振っていらないと僕につたえた。
僕は遠ざかる背中を眺めていた。
そして僕はありがとうと大きな声で言った。
彼女は振り返り微笑んでうなずいた。
不思議だ。
本来ならばNPCが定められた行動以外の行動を起こすことはありえないのに、彼女は定められた行動から外れて僕に親切にしてくれたのだ。
僕は彼女の姿が見えなくなるまでずっと手を振った。
彼女の姿が見えなくなると僕はリンゴをかじった。
なぜだかわからないが涙があふれた。
ようやく拠点に着いた頃、日は昇っていた。
拠点は五階建ての集合住宅で、すべてのプレイヤーの初期設定でそこが拠点になっている。
拠点を引っ越すこともできるが、僕はずっとここを使っている。
拠点にはプレイヤーが体力を回復させるためのベットとアイテムを保管できる倉庫がある。
拠点のある建物に入ろうとしたとき、僕は異変に気づいた。
まったく同じ型の建物が数え切れない程並んでいるのだ。
本当にこの建物で間違いないのか。
そんな疑問を抱きながらも中に入ることにした。
中に入ると部屋番号がわからないことに気がついた。
いままで意識したことがない、イヤ、いままでなら建物の中に入れば直ぐに部屋に入れていたのだ。
僕は途方に暮れた。
何かヒントになるものはないかとポケットの中の鍵を確認してみた。
鍵は身に覚えのないものだった。
鍵にはプレートがついていて、そこに棟番号と部屋番号が書かれていた。
僕は部屋に入った。
部屋の中は荷物だらけで、足の踏み場もないほど散らかっていた。
本当に自分の部屋なのか確信をもてなかった。
しかしそれ以上何かをする気にはならなかった。
部屋に入ってホッとしたからなのか、急に疲れが襲ってきた。
僕はベッドに倒れ込んで寝た。
楽しんでいただけましたか。
毎週金曜日の午後四時頃に1〜3話ずつ更新する予定です。
またお越しください。