事の起こり
僕は迷っている。
平日の午前に大学をサボってゲームをすることに後ろめたさがあった。
今日が『幻想』の最終日だ。
今日くらい大丈夫だろうと自分を納得させて、僕はマッサージチェアのようなVRマシーンに乗り込んだ。
ゲームのなかに入った僕は待ち合わせ場所に急いで向かった。
ログインに時間がかかり待ち合わせの予定時間はすでにすぎていた。
イベントを行う大広場は混雑するからと、大広場の近くの交差点で待ち合わせた。
わかりやすいように黒い服に黒いズボンで待ち合わせようと約束したが、そんな服装の人はいくらでもいる。
顔がわかればいいのだがその友人の顔がわからない。
いつもはアバターの姿で会っていたからだ。
「タリオ?」
誰かに僕のプレイヤーネームを呼ばれた。
振り返ると黒い服装の男性がいた。
「もしかしてコゲツ?」
僕は友人のプレイヤーネームを呼んだ。
「やっぱりタリオか。そうじゃないかと思ったんだよ」
僕達は初めて生身の姿で会ったのだ。
コゲツは予想していたよりも歳上で、二十代後半に見えた。
「え~と、いまさらだけど一応自己紹介する。クオンコゲツ、会社員やってます」
「競辺タリオ、大学生です。待たせてごめん。ログインに時間がかかって」
「気にするな。平日だ。待ち合わせ時間が過ぎてからは誰も来ないことも想定してた」
僕達は人気ゲーム『幻想』のサービス終了イベントに参加するために集まった。
イベントと言っても公式なものではない。
このゲームに思い入れのあるプレイヤー達が各々独自に各地で開催しているものだ。
一ヶ月前に運営から発表された『幻想』のサービス終了の知らせは大きな反響を呼んだ。
十年も続いたゲームだけに多くのプレイヤーに愛されていた。
発表後、プレイヤー達はこぞってログインするようになった。
そして運営はサーバーダウン対策に大幅な機能制限をうちだした。
この世界において最大規模の都市『ウェッタリド』の中心部には、街を南北に分断するように東西に広がる大広場がある。
大広場で行われているイベントを僕達はみていた。
あたりは人であふれている。
「それにしても最後は思い入れのあるアバターの姿で迎えたかったな」
とコゲツが言った。
「そうだね」
「二週間前に思い残すことないように遊んで正解だったな」
それ以降いわゆるログイン戦争に負けて一緒にプレイできなかったのだ。
十年前、僕が九歳の頃このゲームはサービスを開始した。
そしてサービス開始とともにブームを起こした。
しかし精神をゲームの世界につなげるという性質からR15指定されていたため、僕はそのブームをうらやむことしかできなかった。
十五歳になった僕はこのゲームを初めてプレイした。
このゲームをプレイしてる時だけ現実の将来への不安や自信のなさを忘れることができた。
僕はすぐにこの世界に夢中になってのめりこんだ。
そしてその時コゲツと出会った。
それ以来、僕達はいつもこのゲームで遊ぶようになった。
コゲツは強運の持ち主でレアドロップアイテムを容易く収集していた。
それ故に彼は仲間内でレアドロップ王と呼ばれていた。
サービス終了の正午まで残り十五分になった。
辺りは徐々に盛り上がり始めた。
「ゴメン。仕事、無断でサボってて。そろそろ行かないとやばいかも」
コゲツは落ち着かない様子で言った。
「そういうことなら僕のことなんか気にしないで早く行ったほうがいいよ」
「お前は。このままみていくの?」
「僕も帰るかな。僕も大学サボって来てるから」
僕達は笑った。
「タリオ。ありがとうな。今まで一緒に遊んでくれて。おかげで楽しかった」
と彼は少し寂しそうに言った。
お互いにわかっていた、このゲームが終われば僕達は会わなくなると。
「こっちこそありがとう。コゲツ、君のおかげで楽しかった」
僕達は握手して別れた。
僕はまだ大広場にいた。
最後までみとどけようと思い直して残ったのだ。
あたりがにわかにざわめきだした。
人々が指差す方を僕もみた。
黒い霧に覆われた空の中で虹色の塔が虹色に光り輝いているのだ。
運営からのサプライズイベントじゃないか、そんな声が聞こえた。
それにともない歓喜の声も聞こえだした。
そして人々の興奮は最高潮に達した。
そんななか大広場で行われていたイベントはカウントダウンを開始した。
「サービス終了まで一分前」
「三」
「二」
「一」
「「「ありがとう」」」
人々は一斉に叫んだ。
そのとき神の塔から強烈な光が放たれた。
その強烈な光に包まれて僕は気を失った。
楽しんでいただけましたか。
毎週金曜日の午後四時頃に1〜3話ずつ更新する予定です。
またお越しください。