スプリッチャリ 1
草は僕の背丈よりも大きく伸び、地面はネチョネチョで歩きにくい。
鬼ごっこ?かくれんぼ?いずれにしても遊ぶのに向いてない環境だった。
かくれんぼには向いているのかもしれない、鬼にさえならなければの話だ。
どこを探せばいいのかわからず、僕は途方に暮れた。
迷子になったらその場を動くなとはよくいうが、それは誰かが探しに来てくれる場合の話でいまの僕を探しに来てくれる人は誰もいない。
あの子を探す以外にこの状況を動かす手段はないらしい。
僕は目印になりそうなものを探した。
すこしでも自分がどこにいるのか認識しておきたかった。
草に視界を奪われて目印になりそうなものどころか、三歩先の景色さえまともにみれなかった。
僕はあの子を探すために歩きはじめた。
空はすっかり暗くなっていた。
僕がスプリッチャリの街についたのは午前中だった。
長時間探しまわって僕は疲れていた。
「こんなの遊びじゃない。みつけてほしいなら音ぐらい出してくれないか。なんのヒントもなしにみつけられるはずないだろう」
僕は叫んだ。
どこからか笑い声がきこえた。
笑い声はいろんな方角からきこえるようになった。
ついには笑い声は全方位からきこえるようになって、僕は耳を塞いてしゃがみ込んだ。
笑い声は僕の手を貫通して直接耳の中に入ってくるように感じた。
僕はたまらず立ち上がり、走り出した。
ただ笑い声から逃げたいと一心に走り続けた。
突然、笑い声が止んだ。
僕は辺りをみまわした。
緑色の傘がみえた気がした。
僕は傘が消えた方へ草をかき分けて歩いて行った。
突然、草がなくなり視界が開けた。
前方には緑色の傘がみえた。
僕は近づいた。
視界が暗くなった。
手足が足掻き始めた。
僕は水の中にいる。
光が遠ざかっていく。
「馬になれば救われるよ」
子どもの声がきこえた。
助けて、そう言おうと思ったとき、誰かの手が僕の右手を握っていることに気がついた。
僕は右手をみた。
僕の右手は光を掴んでいた。
光はだんだんと大きくなり、僕は光にのみ込まれた。
「……しろ。大丈夫か。目を覚ませ」
イオリテの声がきこえた。
「気がついたか。いったい何があった」
「僕は……」
何も言葉が出てこなかった。
僕達は宿屋に泊まった。
僕のベッドは濡れていた。
僕が落ち着くまでイオリテは何も言わずにただそばにいてくれた。
「さっきの子どもはいったい何者だったんだろう」
僕はつぶやいた。
「あれは妖精だ」
「妖精が街の人を馬に変えたの?」
イオリテはすこし困惑した表情をした。
「妖精がなんのためにそんなことをしたのかはわからないが、あれは土地を護る妖精だ。本来ならば、人間に危害を加えることはないはずなのだが」
僕はさっき起こったことをイオリテに話した。
「みつけてほしい、妖精はそう言ったんだな。それならば、祠を探そう。この街に妖精を祀る祠があるはずだ」
翌日、僕達は妖精の祠をみつけるために街中を歩きまわった。
それらしいものはどこにもなかった。
僕達はこの街の事情を知るために近くの街に行くことにした。
僕達は二時間ほど歩いてハーレヴァクセンについた。
妖精の祠についてなにか知っている人がいないか話をきいてまわろうとしたが、この街もスプリッチャリと同じで人間は一人もいなかった。
馬だけが街のいたるところにいた。
「どうやら呪いは広い範囲でかけられているみたいだな」
イオリテは言った。
「湿原。そう湿原だ。僕が妖精を探して彷徨った場所は湿原だよ」
急にひらめいて僕は言った。
「湿原か。ここからはだいぶ離れた場所だが、行ってみよう」
僕達はいくつかの街によって休んで、泊まった。
途中、人間のいない街もあれば、いる街もあった。
人のいない街では金を払って勝手にあれこれと利用させてもらった。
僕達は五日後に湿原についた。
湿原の中をしばらく行くと見覚えのあるような景色が目についた。
僕が妖精に連れてこられた場所はここで間違いないそうおもい、イオリテにそのことを伝えた。
僕達は妖精の祠がここにあるかもしれないとおもい、湿原をくまなく探してみることにした。
広大な土地を草が生い茂る中、大型犬の犬小屋サイズの妖精の祠をみつけることは簡単ではないことは容易に想像できた。
僕達は湿原の近くの街テルメガングに泊まり、数日に分けて湿原全域を探索する計画をたてた。
さいわいなことにテルメガングは呪いの影響を受けていなかったので、街にはちゃんと人間がいた。
人間がいる、あたりまえのことがありがたく感じて僕はホッとした。
探索一日目、なにもみつからなかった。
探索二日目、なにもみつからなかった。
探索三日目、なんだか見覚えのある景色に近い景色をみている気がする。
自信をもってこの景色をみたことがあると、断言できるほどのたしかさはなかった。
それでも歩いているとすこしずつ見覚えのあるような景色が多くなってきた。
不意に足が止まった。
ここだ、僕が笑い声をきいた場所は。
これといった特徴のない場所で、他の場所との違いをはっきりと説明できるわけではないがここだという強いおもいがうかんだ。
僕は僕が水に落ちたところへ行きたくなった。
あのとき僕が走った方向にしばらく進むと、川があった。
あのとき妖精がいた場所は反対側の川岸だった。
いまさらながら僕はなんでこんなにわかりやすい川に気がつかなかったのだろうかと不思議におもった。
辺りをみまわしてみたが、祠らしいものは何もなかった。
僕は川の中をみつめた。
「何を考えてる」
イオリテは僕が何をしようとしているかを理解しているけど、自分の考えが正しいのか確認するために言った。
「潜ろうとおもう」
「本気か」
イオリテの問いかけに僕はうなずいた。
僕は裸になって、イオリテが手に握りしめているロープの端を腰に結んで川に潜った。
川の中は水の外からみた通りとても澄んでいた。
川の中は川の上と同じように草が茂っていた。
辺りをみまわすと、あのとき妖精がいた対岸の底の方に何かがみえた。
僕は一度浮き上がり呼吸を整えた。
もう一度潜った。
対岸の底の方に向かうと、岩を彫って作った祠が沈んでいた。
僕は祠にロープを結びつけようとおもい、祠に近付いた。
祠の中に光輝くものがみえた。
僕は光輝くものを取ろうとおもい、手を伸ばした。
手が祠の中に入った途端に衝撃波が発生して、僕の身体は川の外に吹き飛ばされた。
妖精があらわれた。
妖精は川から飛び出して、そのまま空中に浮かんだ状態で静止した。
妖精は外套から出てくる黒い霧にまとわりつかれて苦しそうにうめいている。
「あの外套は闇の衣。呪いのアイテムだ」
イオリテはそう言って短剣を構えた。
「待って!! 妖精は」
「妖精は斬らない!! 大丈夫だ」
イオリテは僕の話を遮って言った。
イオリテは集中して川の上に浮遊している妖精に飛びかかった。
イオリテは妖精の外套のボタンだけを斬り裂いた。
外套は妖精から離れて空に飛んだ。
外套は空中で魔力を集めてドラゴンになった。
楽しんでいただけましたか。
毎週月、水、金曜日の午前7時頃に1話ずつ更新する予定です。
またお越しください。




