プロローグ
精神没入型VRオープンワールドMMORPG『幻想』とは中世ヨーロッパのような街並みに、近代的な利便性をかねそなえた剣と魔法の世界。
まるで現実のような追体験を可能にする家庭向けVRマシーンの完成によって実現したゲームである。
発売されるやいなやわずか一週間で約三百万人ものプレイヤーを動員した。
社会現象となるほどのブームをおこしたのである。
このゲームのクリア条件は虹色の塔を攻略すること。
運営会社は一人でもクリア条件をみたす者がいれば、強制的にゲームのサービスが終了するしくみになっていると公表していた。
そのため簡単に攻略できないように工夫がこらされていた。
なかでも次の三つが攻略を難しくしていた。
一つめは、距離感がつかめないこと。
虹色のレンガで円柱型に建てられたこの塔はこの世界の全ての場所でみることができた。
なのにどこから見てもその大きさは変わらない。
二つめは、虹色の塔のありかを推測できないこと。
通常RPGでは序盤は敵が弱く、終盤になる程敵が強くなる。
たがオープンワールドであるため地域によって敵の強さが変わることがない。
したがって敵の強さで虹色の塔の位置を割り出すこともできなかった。
三つめは、ヒントが少ないこと。
実際にはヒントが隠されているらしいのだが、攻略させたくないという意思を感じとれるくらいにヒントらしい情報がみつからない。
その攻略の難しさから五年過ぎてもゲームをクリアしたものは一人もいなかった。
いつしか虹色の塔を目指す人はほとんどいなくなり、スローライフゲームへとさま変わりした。
クリア条件も忘れられ虹色の塔の最上階には神様がいて、どんな願いでも叶えてくれるといわれるようになった。
そんな『幻想』がサービス終了を通知した。
十年も続いた人気ゲームだけにその反響は大きかった。
サービス終了前にもう一度プレイしようと元プレイヤー達はこぞってログインしたサービス終了1週間前には入場規制がかるほど混雑した。
運営会社はできるだけ多くのプレイヤーにサービス終了を見届けてほしいとの思いから機能を大幅に制限し、より多くのプレイヤーがログインできるようになった。
サービス終了当日、エクリプスは虹色の塔の内部にいた。
このゲームのプレイヤーでエクリプスの名前を知らないものはいない。
彼は数々の攻略情報を公開してプレイヤー達の冒険を助けてきた。
まるでデバッカーのように全ての座標で全ての操作を試す彼の姿は、人々の目に異様なものにみえた。
自らに苦行を課す彼を人々は尊敬と畏怖の念を込めて修行僧と呼んだ。
そんなエクリプスにも知らない場所があった。
それは虹色の塔の最上階へと続くドアから先だ。
外壁と同じく内部も全て虹色のレンガでつくられている。
内部は中央に大きな円柱型の柱が最上階までつらぬくように建っていてドーナツ型のフロアになっている。
内部の外壁側にそって階段があり、階段の昇降口は吹き抜けになっている。
最上階に続く階段にだけドアが設置されている。
そのドアを見る度に彼はひるんで足を踏み出せなくなった。
もし最上階まで上がってゲームをクリアしてしまったら、彼が大切にしてきたものが全て壊れる気がしたからだ。
その最上階へと続くドアの前でエクリプス迷っていた。
開くべきかここで終わるべきか。
サービス終了の時刻がせまってきた。彼は心に従うことに決めた。
エクリプスがドアを開くと建物が虹色に光輝いた。
彼は虹色の光につつまれた。
その景色に涙がこぼれた。
不意に声が聞こえた気がした。
言葉は聞き取れなかった。
だけど意味はわかった。
「この世界を現実の世界にしてほしい」
と彼は言った。
彼はこの世界を愛していた。
楽しんでいただけましたか。
毎週金曜日の午後四時頃に1〜3話ずつ更新する予定です。
またお越しください。