愛が重い Love is heavy
実のところ豊口は、自分の妻は宇宙人なのではないかと疑っている。彼女の不可解な行動に、いささか彼は困惑していた。
歯を磨いたあと、口をゆすいだ水を飲む妻。道ばたの水たまりを、「毒の沼地。毒の沼地よ」と恐れる妻。スーパのチーズに指をぶっさして、発酵具合を確かめる妻。公園の鳩と会話する妻。猫を見つけると猛然と追いかける妻。
豊口はいつも首を傾げる。しかし、そんな妻が愛らしい。
ある日のことだ。豊口は妻を連れてモールへ出かけた。なにかのイベントがあるらしく、モールは大変な混雑だった。そのため、二人ははぐれてしまった。彼は周囲を見渡してみるが、とても再会はできそうにない。どうしようか、と彼は逡巡する。だが、互いに子供でもないのだ。豊口は妻を忘れて、一人で買い物を終えるつもりでいた。
ところが、そのとき、不意に視界が暗転する。
「だぁれだ」妻の明るい声だった。
豊口は目を覆う細い手を取り払う。
「すごいね、よく見つけた」豊口は妻をほめた。
「うん、もちろん。夫婦だもの。それくらい普通でしょう」
「普通じゃあないよ」
「そう」と妻は顔を傾けた。「だって、わかるもの。わたし、あなたがどこにいるか」
「へえ、どうして」
「ビビビッと、こう、電波でわかるの」
「あそう」豊口は、あらためて不思議な妻だな、と感じた。今度ははぐれないように、と彼はそっと妻に手を伸ばす。
豊口はまだ気付いていない。彼の衣服には、妻の発信器が常に装着されているのである。