彼女は渡り鳥のような人
長雨の気配が近付くと、義姉と僕は南洋の島を離れる。
そして木枯らしが吹く手前まで、高原の避暑地で過ごすのである。
夏のペンションと冬のバンガローを往来する暮らしは、さながら渡り鳥のようなもの。
オフホワイトのカーディガンやレースを帯びた義姉と、濃藍のヤッケを着た僕は、さしずめ白鳥とつばめといったところか。
義姉のことを、僕はいつもサエキさんと呼んでいる。
彼女との初対面は、ひと回り近く年上の兄がまだ存命で、僕が美術学生だった頃である。
サエキというのは旧姓で、彼女が兄と婚約してしばらく、僕は呼び方を変えようとしたことがあった。
だが、兄の苗字は自分と同じであり、また妻でもない女性を名前で呼ぶのははばかられることもあって、結局うやむやにしてしまった。
「コージさん、ちょっといいかしら」
「なんですか、サエキさん?」
「悪いんだけど、ちょっと酔ってしまったみたいなの。お水をもらってきてくださる?」
「わかりました。すぐ持ってきます」
船中では酔わなかったので大丈夫かと思ったが、汽車の揺れまでは耐え難かったようである。
白い詰襟を着た給仕係からお茶を受け取って戻ると、サエキさんは軽く口に含んでのどを潤し、窓側へ頭を傾けるようにして寝入ってしまった。
ぶしつけだとは思いながらも、窓外の水田を背景にした横顔は、一幅の美人画のようで眼を奪われてしまうばかりである。
青い地紋の切符を改札係に手渡して駅舎を出ると、すでに迎えの車が待っていた。
ハイヤーの運転手は毎年同じ人で、親し気に話す二人に水を差すまいと、僕は終始窓外の低木の群れを眺めていた。
ペンションは冬の間も手入れがなされていたようで、すぐに寛げるよう万事整えられていた。
ベランダでとう編みのソファに腰を下ろしたサエキさんに紅茶の用意をしたあと、僕はエプロンを付け替え、屋根裏のアトリエへと続くはしごを登る。
さて、今夏は何を描こう……