弟と一緒に同じ映画を観に行ったらとても楽しかった
カズユキの書いた小説は、五歳の時に病気で死んでしまった兄がいることを紹介した上で、主人公と兄のほのぼのとした日常を描いたものだった。
その兄は異世界からやって来たものだが、主人公はそれを知りつつ現世に存在するものとして認め、ふつうの兄弟として互いに触れ合い、二人で現世を楽しそうに遊び回っていた。
主人公に姉はなく、ただひたすらに兄弟が仲良くする描写で埋め尽くされている。
「よっぽどお兄ちゃんが恋しかったんだな……」
そう思うと同時に、あの時カズユキが泣いた理由がなんとなくわかった気がした。
「お兄ちゃんに自分だけを見てほしかったのか……」
次に会う約束はしていなかった。あの釣りをした日、カズユキが怒り出して、サッサと帰ってしまったので。
僕は自分のスマートフォンを手に取ると、カズユキ宛にメッセージを送った。
『明日の朝10時から、映画を観に行かないか?』
明日は日曜日だ。
返信はすぐだった。
『うん、いいよ』
「昨日、ねーちゃんとこの映画、観たんじゃねーのかよ?」
黒いかわいいジャケットのポケットに両手を突っ込んで、カズユキは機嫌があまりよくなさそうだ。
昨日アヤノちゃんとデートをしたショッピングモール内にあるシネコンで、僕はカズユキともう一度、同じSFアクション映画を観ることにしたのだった。
「面白かったから、おまえにも見せたいなって、思ってな」
「ねーちゃん、帰って来てから大人しかったぞ? うまく行かなかったのか?」
「ああ。女の子って、難しいよな」
僕がそう言うと、ようやくカズユキが笑った。
「ひひっ! お兄ちゃんがアヤノと付き合うなんてへんだと思ってたよ!」
急に元気になったカズユキは、券売機からチケットを勢いよく取ると、僕を置いて駆け出した。
「早く早く! 置いてくぞっ!」
その背中がとても楽しそうだった。
思った通りだった。
カズユキと観るSFアクション映画は、昨日の何倍も面白かった。
ヒロインが前から飛んで来て、僕らのあいだを通り抜けて、後ろへ去っていく。
僕とカズユキは3Dグラスをかけたまま顔を見合わせ、爽快に笑った。
僕は反省してわかっていた。昨日、アヤノちゃんと同じ映画を観た時、僕はこんなふうに、自分が楽しんじゃいけなかったんだ。
おおきな口を開けてびっくりするアヤノちゃんのアクションを微笑みながら見守ってあげて、彼女を主役にしてあげて、僕は王子様のようにそれを見てあげないといけなかったんだ。
女の子ってめんどくさいんだな、ということを勉強した。
「あの、ヒロインがバー! と飛んで来て、ビュウーン! って後ろに去っていく、あのシーン凄かったな!」
「メカもかっこよかったよな! 描写が精密でさ、ちゃんと動力系統もリアルに動いててさ! あれ、コーラが燃料でもちゃんと動くのに説得力があったよな!」
シネコンを出てからのカフェでも僕らは大いに盛り上がり、大声で笑い合った。もちろん周りに気配りはしながらだ。
少年同士らしく、僕らはとても無邪気だった。
カズユキと一緒だと、僕は無邪気になれた。
同級生とはこんなふうには子供になれない。下級生の前ではしっかりしてないといけない。
相手が弟だから、まるで子供の頃に戻ったように、無邪気になれるのだった。




