兄と姉がデートするなんておかしかった
爽快なSFアクション映画を観ながら、僕は思わず声が出た。
こっちへ向かって飛んできて、僕の右肩を通り抜け、後ろへ去っていくヒロインの姿を目で追おうとして、右隣の連れに言った。
「凄いよな、カズユキ! やっぱこういうところで観る3D映画って、凄い!」
「カズユキじゃないですよー」
女の子のしらけた声が聞こえた。
「アヤノでぇーす」
3Dグラス越しにカズユキによく似た姉の姿を認め、『あっ……、そうだった』と、僕は楽しい笑いを苦笑いに変えた。
シネコンを出ると、ショッピングモール内のカフェに二人で入った。女の子とデートなんて、生まれて初めてだから何をしたらいいのかわからない。
でも不思議なほどに緊張はしなかった。まるで義理の姉でも案内しているような、『どうでもいい感』がなぜか僕の動きを支配していた。
「カズユキって学校ではどんな子? やっぱりあかるい人気者なの?」
オムライスを口に運びながら僕がそう聞くと、アヤノちゃんはあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「なんで弟の話ばっかりするんですか? あたしと一緒にいて楽しくないんですか?」
「あっ……」
確かに僕はカズユキの話ばっかりしていた。彼女が不機嫌になるのも当然だ。
それで僕は慌てて話を変えた。アヤノちゃんのことを聞いた。
「アヤノちゃんって、カズユキと仲良くないの?」
結局、またカズユキの話になってしまった。
「なんで? 仲悪くないよ? カズがなんか悪口言ってた?」
「違う違う。あいつはそんなこと一言も言わないよ。ただ、なんていうかさ……、お姉ちゃんに褒めてほしいことがあるのに、絶対に褒めてくれないみたいなことは言ってたな」
「ああ……。あれのことかな」
「あれって?」
するとアヤノちゃんの口から僕は初耳なことを聞けた。
「あの子、小説投稿サイトで小説書いてるでしょ? なんか好評博してるみたいで、あたしにも読ませようとして来るんだけど、身内の書いたものなんて気持ち悪くて……」
知らなかった。
カズユキが、小説投稿サイトで小説を? そんなことをするよりは外で元気に遊んでるほうが似合うやつだから、意外な話だった。
「読んでみたいな、その小説……。なんてタイトル?」
「読んでないから知らない。どーでもいい!」
アヤノちゃんは不機嫌に黙り込んでしまった。
ぷりぷりしている彼女をチラリと見ながら、僕は彼女にお説教がしたくてたまらなかった。
『もっとカズユキを愛してやれよ』とでも言い出しそうになってしまった。『あいつ、お姉ちゃんに褒めてもらえなくて悲しがってるぞ』とでも。
でも押し止めた。そんなことを言ったら彼女の機嫌をもっと損ねてしまうだろう。何よりほんとうの姉弟のことに僕が立ち入る権利なんてない。
僕が彼女の代わりに、いっぱいカズユキを褒めてやればいいことのように思えた。
「じゃ、カズユキに直接聞いてみるよ」
僕がそう言うと、
「あっ。でもユーザーネームは覚えてるよ」
アヤノちゃんはそう言って、その名前を教えてくれた。
とても覚えやすい名前だった。そのまんま『カズユキ』だったから。
とりあえずアヤノちゃんとはそのまま、次のデートの約束はせずに別れた。
実際、なんかへんなデートだった。初めてするのにそんなこと言うのもどうかとは思うけど、なんだか弟の兄と姉がデートしてるみたいな感じで、ドキドキもしなければ、そんなに楽しくもなかったのだった。
やっぱりSFアクション映画を観に行くなら、連れは男の子に限るよな。
隣にいたのがカズユキなら、どれほど楽しかっただろうと僕は思っていた。
ヒロインが前から飛んできて、後ろへ飛び去っていくあのシーン、カズユキなら一緒になって「おおー!」とか興奮してくれただろう。登場するメカのデザインに目を輝かせ、一緒になってそれを語ってくれただろう。
アヤノちゃんみたいに保護者みたいな冷めた目で僕をじとっと見つめるのではなく。
家に帰ると早速小説投稿サイト『小説家になりお』のトップページを検索で開いた。
ユーザー検索が出来るのを知り、窓に『カズユキ』と入れ、検索してみた。
たくさんのカズユキが出てきた。物凄い数で、ひとつひとつはとても詳しく見られないほどだった。
でもその大半が名字のあるカズユキや漢字のカズユキ、あるいは平仮名のかずゆきだ。カタカナのカズユキは数えるほどで、しかもそのほとんどは作品を書いていない、いわゆる『読み専』だった。
カタカナのカズユキで、作品を書いているのはただ一人だった。
僕がそいつのマイページを開いてみると、唯一の投稿作品のタイトルが目に飛び込んできた。
『お兄ちゃん』