弟の姉に僕は惚れられてしまったようだ
今日でカズユキと会うのは三日目だ。
場所は近くの溜め池。ここに棲むというヌシを釣りに来たのだ。
「ヌシってどんな魚?」
カズユキが聞く。
「誰も見たことがないんだ」
僕はかっこよく答えた。
「でも、夜にな、めっちゃおおきな影が、この池の中から跳ね上がるのを見たひとはいっぱいいる。今日、僕たちはその伝説を釣り上げるんだ」
僕の話に乗って「よーし、釣るぞー!」とかはしゃぐカズユキを期待した。でも今日はなんだか元気がない。
アヤノちゃんと喧嘩でもしたのかな? と思い、僕は聞いた。
「お姉ちゃんと仲、悪いのか?」
「えっ?」
びっくりしたように顔を上げ、カズユキが首を横に振る。
「仲悪いとか、そういうんじゃないよ? ちっちゃい頃はむしろ仲良かったし……」
「なんか楽しそうじゃないぞ? どうしたんだ?」
「た……、楽しいよ?」
そう言いながら、カズユキはうつむいてしまった。
笑わせたい。
どうすれば笑わせられるだろう?
うん、こういう時は──
ボディータッチだ。
「ひゃはは!」
カズユキが大声で笑いだした。
「や……っ! やめっ……! ひゃははははっ!」
僕は抱き寄せた彼の脇の下を執拗にくすぐりながら、聞いてやった。
「ほんとう、どうしたんだよ? なんかいつもと違うぞ? へんだぞ?」
「こっ……、こんな大声で笑わせたら、池のヌシが逃げちゃうだろっ! やめ……ひゃっはっはは!」
解放してやると、ハァハァと息を整え、カズユキは話しはじめた。
「ねーちゃんが……さ。……ってか、お兄ちゃん、ねーちゃんのこと、どう思った?」
「アヤノちゃん?」
僕は正直に、昨日初めて会って思ったことを口にした。
「かわいいなって思った。さすがおまえのお姉ちゃんだよな」
「そ……っか」
カズユキがさらにうつむき、なんか笑った。
「昨日、帰ってから、ねーちゃんに、お兄ちゃんのこと、色々聞かれたよ。地区野球の仲間だって、話合わせといたけど……」
カズユキに嘘をつかせたのが申し訳なかった。でも『アイオク!』で僕に弟として買われたなんてほんとうのことは、もっと言わせるわけにはいかない。
「で……さ」
カズユキが笑いながら、弱々しい声で言った。
「よかったら付き合いたいんだって。一目惚れしたんだって」
「マジ!?」
心の中に花が咲いたようだった。
あんなかわいい娘が、僕なんかに一目惚れ?
クレーンゲームでいいところを見せただけなのに、女の子って意外とチョロいんだななんて思ってしまった。
「じゃ、今度デートしようって伝えといて? ううっ……、春だなぁ! どこ行こう、どこ行こう!」
うかれる僕とは対照的に、カズユキはどんどん元気がなくなり、釣り竿に何かかかってるのにそれにも気づかずに、ついには膝を抱いて黙り込んでしまった。
「どうした? カズユキ」
「ううん? なんでも……」
「熱でもあるのか?」
心配して、そのぱっつんカットの前髪を上げて、おでこに手を当ててみた。熱はないようだ……。
でももっと正確に熱をはかりたくて、そのまま僕は自分のおでこをそこに当てた。
鼻と鼻がくっつくほどにカズユキの顔が近く、目と目が見つめ合った。
「ひゃあっ……! お、お兄ちゃん……、近いよっ!」
カズユキが後ろにひっくり返って、お尻を地面についた。
かわいいと思った。
つい、からかうつもりで、僕はそのまま彼をやわらかい土の上に押し倒していた。
「やめっ……! やめてよっ!」
抵抗されるほどに僕は気持ちが高まり、無言で彼を押さえつけた。
「こんなこと……っ! ねーちゃんとすればいいだろっ!」
はっと我に返った。
カズユキが泣いている。
泣かせてしまった。
「あ……。わ、悪い」
大人しく上から退くと、カズユキはぽろぽろと涙を流しながら、訴えるように言い出した。
「どーせ……俺は……『アイオク!』で買った、使い捨ての弟なんだろ……お兄ちゃんにとっては……。お金でほんとうの弟なんか買えるわけがないもんな」
カズユキが何を言ってるのかよくわからなかった。
何かが不満で、僕に何やら傷つけられてしまったらしいということだけ、見てとれた。
でも、どうして傷ついているのかが、僕にはさっぱりわからなかった。
「デートのことは……伝えとくよ」
そう言うとカズユキは立ち上がり、
「よかったなっ! 弟を買ったらそのねーちゃんが好みのタイプでっ!」
怒ったようにそう言い捨てると、走り去ってしまった。