僕は弟の前でいいところを見せた
とりあえず同じ地区野球チームの選手だということにして、その場を切り抜けた。お金はカズユキから借りてたのを僕が返したのだと嘘をついた。
お姉さんは最初は僕のことを悪人でも見るような顔をしていたが、あっさり自分の勘違いだったことを認めると、態度を一転させた。
「ごめんなさい。へんなひとに弟が連れ回されてるのかと思って……。あっ、その……、べつにへんなひとに見えるとかそういうんじゃなくて……」
ぺこぺこするお姉さんに、僕はにこにことしながら、言った。
「いいよ。わかってくれたなら、それでいいよ」
謝りはじめると、カズユキから聞いてた印象と違うなと感じた。最初は聞いた通りの嫌な娘だなと思ったけれど、表情が柔らかくなるとむしろ僕の好みだった。
カズユキを見ると、あからさまにつまらなそうな顔をしている。
お姉さんも、僕からカズユキに視線を移すと途端にまた変貌し、僕好みじゃなくなった。
「あんたこんなとこ来ていいと思ってんの? 校則で禁止されてるはずよ?」
「ねーちゃんだって同じ中学じゃん。禁止じゃん」
姉弟喧嘩みたいなのが始まった。
「あたしはいいの。高校生の先輩が同伴だから。あんたはだめ」
カズユキが何も言い返せずに、黙ってうつむいてしまった。ここは兄である僕の出番だ。
僕はお姉さんに言った。
「じゃあ、僕もだめかな? でも一応、うちの学校では夕方6時まではOKなんだけど」
お姉さんが僕のほうを向くと、また僕好みの女の子に変貌した。
「え。学校でOKだったら……いいでしょ?」
「その僕が、さ。カズユキと一緒に遊びたいんだ。だめかな?」
お姉さんが困った顔をした。
わかっていた。お姉さんは口では固いことを言いながら、べつに中学生がゲームコーナーで遊ぶことを悪いことだとはたぶん、思っていない。姉としての威厳みたいなものを弟に見せつけたいだけなのだろう。
「とにかく……あたしよりは先に家に帰るのよ? わかった!?」
厳しい口調でそう言い残すと、アヤノちゃんは友達のほうへ戻っていった。
姉が消えたら悪口でも言い出すかと思っていたら、カズユキはしょんぼりとしている。
僕は心配になって、聞いた。
「もしかして……お姉さんにいじめられてるとか?」
するとようやく笑って顔を上げた。
「そんなのはない。なんていうか……絶対に褒めてくれないってだけ。それに……やっぱ俺、男の兄弟のほうがよかったなって」
なんだかお姉さんが同じ場所にいるせいで、居づらくなってしまった。歩きながら、僕が「他のとこに行こうか」と言い出そうとした時、すぐ近くで女の子たちの悲鳴が聞こえた。
何事かと見るとアヤノちゃんたちの集団だった。クレーンゲームの前にたむろし、「次こそは!」とか言ってる。
後ろから僕はアヤノちゃんに話しかけた。
「そのクマさんが取りたいの?」
「あ……。うん」
彼女はまた僕好みの女の子の顔で振り向くと、かわいくうなずいた。
「もうちょっとで取れそうなのに、なかなか取れなくて……」
「ちょっとやらせて?」
僕は自分でお金を入れると、クレーンを操作した。
得意だった。カズユキの前でいいところを見せたい気持ちもあり、僕は気合を入れた。
一発目は失敗した。でもそれでコツを掴んだ。
「──なるほど。バネがアレだから、こっちからこう取ろうとすると、するりと落ちるんだ」
「え? よくわかんない」
アヤノちゃんは笑いながら、僕の操作テクニックに注目する。
「あー、なるほどね」
カズユキはさすが男の子だ。意味をわかってうなずいている。
「次は……取る!」
僕は集中した。
カズユキが隣でじっと見てくれているのが気持ちよかった。
比較的おおきなクマさんをクレーンが掴む。
掴み上げる時にバネが緩んで落としそうになる。
しかし狙い通りだ。クレーンがクマさんについているタグに引っかかり、そのまま持ち上げた。
ポケットの中に、すとんと落ちた。
「ゲットぉ!」
「やったぜー!」
隣でカズユキが飛び跳ねた。
「さすがお兄ちゃんだ!」
二人でアメリカ映画の少年同士のようにグーでタッチした。
これだ……。
これが僕が憧れていた、弟との触れ合いだ。
やっぱりカズユキを落札してよかったとしみじみ思った。
ポケットからクマさんを取り出し、アヤノちゃんに「はい」と渡した。彼女の友達と先輩が後ろでキャーキャーと嬉しそうに騒いでいる。
「あ、ありがとう……」
お姉さんの僕を見る目が、なんだかウルウルしていた。
「山田くん……だっけ。ありがとう」