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3/10

お姉ちゃんは弟似の同い年だった

 愛はお金では買えない。

 そんなこと、僕もよく聞いてはいたし、そうなんだと思ってはいた。


『アイオク!』には『最初の三日間の幸福』と呼ばれる現象が存在する。

 落札者は出品者の愛が気に入らなければ返品し、返金請求することが出来る。それが可能な期間は最初の三日間だ。

 だから出品者は最初の三日間は死にものぐるいで愛を尽くす。何をされてもそれがルール違反にあたらないことならけっして怒らないし、落札者をとことんいい気分にさせて、天国にいるような気持ちにさせる。返品されないよう、全力を尽くす。

 しかし返金請求が出来なくなる四日目になると、ほとんどの出品者は豹変するという。もう気に入られなくなってもお金は返さなくていいので、愛を尽くす必要がなくなるのだ。それどころか早く返品してもらって次の出品に移りたいので、あらゆる手を尽くして出品者に自分を嫌ってもらおうとするようになるらしい。


 出品者が見せる最初の三日間の愛は、ニセモノなのだ。

 出品者が欲しいのはお金だけであり、そのためにニセモノの愛を売るのだ。

 それでも都合よく愛を買うことが出来て最初の三日間だけはたまらない思いを味わえる『アイオク!』には中毒性があり、利用するひとは後を絶たないという。

 それでもいいと僕は思っていた。

 三日間だけでも、僕を「お兄ちゃん」と呼んでくれるかわいいやつが出来るなら。


 わかってる。弟がいる生活に憧れて、『アイオク!』で弟を買った僕は間違っているのかもしれない。他人が見たら眉をしかめるようなことを僕はしているのだろう。


 でも、カズユキが欲しいのはお金じゃなかった。


 ほんとうに、慕える兄が欲しかったのだろうと思えた。



 $ $ $ $



 昨日とはべつの、もっと大きな公園でカズユキと待ち合わせた。

 芝生に春の太陽が降り注ぎ、鼻をくすぐる風にクシャミが出そうになった。

 風の向こうでカズユキが楽しそうに笑っていた。僕らは互いにグローブを持ってきて、キャッチボールをして遊んでいた。


「俺、変化球投げられるんだぜ」


 得意げにそう言うカズユキが、青い空の下、眩しかった。


「どんなの? 投げてみて?」


 僕がそう言うと、カズユキは笑顔のまま振りかぶった。


 まっすぐ飛んできたボールがすとーんと下に落ちた。僕はなんとかそれを捕球すると、心からの声を口に出した。


「すごいな! まるで佐々木のフォークボールじゃん!」


「へへっ! 今度バット持ってこようよ。俺のフォークボールが打てるかな?」


「よーし。じゃ、明日な!」


「へへへ……」

 僕のボールをキャッチしながら、カズユキが嬉しそうに言った。

「やっぱお兄ちゃんがいるのって……いいな」



 $ $ $ $



 キャッチボールを終えて二人でショッピングモールのゲームコーナーへ行った。

 カズユキの中学校では校則で禁止されてるらしいけど、僕の学校では夕方6時まではOKだ。


「俺、こんなとこ来たの初めて!」

 カズユキはなんでも大袈裟なぐらいに喜んでくれるので、そんな彼を見てるだけでも僕は楽しかった。

「お兄ちゃん、何かやってみせてよ」


「僕のを見てるだけじゃなくて、おまえも遊べよ。ほらっ」

 財布から千円札を取り出し、カズユキに差し出した。


「え! いや、いいよ。俺だってお金、いくらかは持ってるよ!」


「兄ちゃんが出すっていってるのに遠慮する弟がいるかよ」


「でも……」


 カズユキはまるで知らない人からのお金は受け取れないというように遠慮していた。

 まぁそりゃ、そうだよな……と思いながらも、なんだか他人行儀にされるのが嫌だった。


「おまえを落札するために三万円貯めたんだ。その三万円ぶん、一緒に遊んでくれよ」


 僕がそう言うと納得してくれたようで、ようやくおずおずと受け取ってくれた。


「へへ……。お兄ちゃんってふつう、お小遣いとかくれるものなんかな? おねーちゃんからお金なんて貰ったことないけど……」


 その時だった。


「ちょっと……。カズ?」


 ゲームコーナーにたむろしてた人混みの中から、カズユキの名前を呼びながら、近づいてきた女の子がいたのだった。


 カズユキはその娘のほうを振り向くと、明らかに『げっ!』という顔をした。

 友達らしき二人から離れて近づいてきたのは、僕と同い年ぐらいの、おおきな鋭い目が印象的な女の子だった。どことなくカズユキに似ていた。


「今、あんた、そのひとからお金受け取ったでしょ?」

 その娘は怖い顔をしてカズユキに言った。

「何? そのひと誰? 友達? 先輩?」


 僕が目で聞くと、カズユキは小声でうなずいた。


「ねーちゃんだよ。まさか……こんなところで……」


「カズユキの姉のアヤノです」

 お姉さんは僕を犯罪者でも見るように、おおきな鋭い目で睨むように見ながら、自己紹介した。

「あなたは?」


山田やまだ貴博たかひろといいます」

 僕は礼儀正しく頭を下げ、名乗った。

「カズユキくんの……」兄だと名乗ろうとして、「友達です。年上だけど」すんでのところで言い直した。


藤原ふじわら彩乃あやのです」

 お姉さんは改めてフルネームで名乗った。頭は下げなかった。

「年上だけど友達ってどういうこと? あなた……その制服、違う中学よね?」


 お姉さんを見た僕の第一印象は『キツそうだけど、かわいい娘だな』だった。

 カズユキに似てるのだから当たり前だった。







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