弟は兄が欲しかった
僕は100円で弟を買った。
憧れだった。一人っ子の僕は何度も夜寝る前に妄想をした。弟がいたらどんなだろう。弟がいるのって、どんな感じだろう。何度も妄想を繰り返した。
その憧れの弟が、たった100円で手に入ってしまったのだった。
安かろう悪かろうなら僕も考えたかもしれない。でも、その弟は、少なくとも写真の印象では大合格だった。こんなやつが僕の弟になってくれたらどんなに素敵だろうと思え、僕の頭は甘い妄想の中にとろけて広がっていった。
そしてその日の学校帰り、早速そいつと会えることになった。
昨日お兄ちゃんを追いかける弟を見かけた、あの公園だ。
僕がベンチに腰かけてソワソワしながらスマホを見ていると、前から走ってくる足音がした。
「お兄ちゃーん!」
写真で見た通りのかわいい笑顔が駆けてくる。
僕のことをまっすぐに見ながら、手を広げて、会えたことがこの上なく嬉しそうに、まるでほんとうの弟のように、駆けてきた。
僕は急いで立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「あっ……。こんにちは。落札者の山田です」
そう言うと、カズユキが立ち止まってびっくりしたような顔を一瞬し、すぐに大笑いをはじめた。
「お兄ちゃん! 何、それ! タカヒロ兄ちゃんは俺のほんとうのお兄ちゃんだろ! おかしい! きゃーっはっはっは!」
「あ……そうだね」
うまく乗れない自分を恥じて、仕切り直した。
「カズユキ、久しぶり」
「久しぶりなんだ?」
「うん……いや、はじめまして……かな」
またカズユキが大笑いする。
立って並ぶと、背が僕の肩ぐらいだ。
サラサラのまっすぐな黒髪がやらわかそうだった。
「ところで……ほんとうにいいの?」
僕はそのことをまた確認する。
「たった100円で」
「いいよ。俺、100円も値打ちないから」
カズユキはそう言って笑うと、僕にも質問をしてきた。
「お兄ちゃんこそ、なんで『アイオク!』で弟を探してたの?」
「なんで……って?」
「恋人とか妹とかだったらわかるけど、弟なんてそのへんの年下捕まえて、弟分にすればいいとかは考えなかったの?」
「ほんとうの弟が欲しかったんだ」
そう言ってから、何か違うなと思って言い直した。
「同じ中学の後輩とかはとても弟分とか思えない。やっぱそれはただの後輩だ。『アイオク!』って、お金を払って愛を買えるわけじゃん? そういう、しっかりとした契約の上で弟になってくれるやつなら、間違いなくほんとうの弟みたいになってくれるかな……って。それに……」
愛のオークションサイト『アイオク!』には規約がある。
落札された者は、落札者のことを無条件で愛さなければならない。もし規約を破れば落札者から返品されてしまい、落札金額をすべて返金しなければならないのだ。それゆえに全力で、たとえ落札者のことが大嫌いでも愛を注ぐ。
それがあるからこその安心感があった。ぶっちゃけ自分なんかが弟といい関係を築く自信がなかったのだろう。僕は『アイオク!』で落札した弟なら『間違いがない』と思っていたのだった。
「それに?」
「あ……。いや……」
僕は言葉を濁した。
「お兄ちゃん、一人っ子なんだよね?」
「え? ああ」
「ほんとうのきょうだいなんて、いいもんじゃないよ? 俺がたとえば小説投稿サイトに小説を投稿したとして、みんなが褒めてくれたとしても、一人だけ絶対に褒めてくれないひとがいる」
「きょうだい……いるのか?」
「うん。ねーちゃんがいる」
「ねーちゃん、優しくないの?」
「絶対に俺のこと、褒めてくれないよ」
あかるく笑いながら、カズユキは言った。
「俺がどんなにみんなから褒められるようなことしても、アンチより褒めてくれない。それどころか無視するからね。面白くなさそうな顔してさ」
「そ……、そうなんだ?」
「それより遊ぼうよ! 何して遊ぶ?」
「よし……。じゃあ……」
僕は言葉に詰まった。
「こういう時、ほんとうの兄弟って、何して遊ぶのかな」
「わかんないね」
二人で顔を見合わせてアハハと笑った。
「じゃあ、いっぱい話をしようか。カズユキのことをいっぱい教えてくれ」
僕は自動販売機であったかいミルクコーヒーを二つ買うと、一つをカズユキに手渡し、一緒にベンチに座った。
「お兄ちゃんはどうして弟が欲しかったの?」
「単純に、いないからだよ」
「妹より弟のほうがよかったの?」
「やっぱり男同士の兄弟のほうが、色々一緒に遊べるかなって。言っとくけどホモじゃないぞ」
「アハハ! 俺もさ、兄ちゃんいないから……兄ちゃんが生きてたらどんな感じだったのかなって、思ったんだ」
「え……。お兄さん、いたの?」
「うん。俺がね、まだちっちゃい頃に、病気で死んじゃったんだって。顔も覚えてないよ」
無理に笑うようなカズユキにきゅんとなった。
そうか……。それでお兄ちゃんが欲しくて……『アイオク!』に……。でも落札するお金はないから、自分を弟として出品してたのか……。
「でも、生きてたとしても、ねーちゃんと同じかな? 俺がみんなに褒められるようなことをしても、無視とかしたのかなぁ……」
なんだか寂しそうにそんなことを言うカズユキの姿に、自然に僕の口から言葉が流れ出た。
「そんなことない! 男同士の兄弟はわかり合えるもんだよ!」
「……うん」
カズユキが嬉しそうに、僕を見た。
「俺もそう思うんだ」
僕は心に誓っていた。僕がいっぱいカズユキのことを褒めてやる。褒めるところがいっぱいの弟になってほしかった。
しかし……気になっていた。カズユキをこんなに寂しくさせるようなねーちゃんって、どんなやつだろう、と。それで聞いてみた。
「ところでねーちゃんって何歳なの?」
「14歳だよ。中二」
ねーちゃんの話になるとまた少し顔を曇らせて、カズユキは言った。
「俺よりいっこ上。タカヒロ兄ちゃんと同い年」