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10/10

そして弟は兄を夢中にさせる

 店の奥に隠れて、二人で懐かしい話をした。

 ほんの二週間もない兄弟契約だったのに、僕らの間には話題が尽きなかった。

 キャッチボール、映画、『アイオク!』のこと、アヤノちゃんのこと……果たせなかったキャンプのことや山歩き、宇宙人との遭遇のことまで、僕らは仕事中だということも忘れて話に夢中になった。


「それにしても、よく覚えててくれたよなー」

 僕は嬉しくて、カズユキに言った。

「僕のことなんて、とっくに忘れてるだろうなって思ってたわ……」


 するとカズユキは、ジュースで湿った唇をなんだか悔しそうに結んで、恨むように僕を見つめる。そして、その口を開いた。


「忘れられるわけないだろ。アニキは俺に、忘れようのない傷を残してくれたんだから」


「え……」

 僕はドキリとしてしまった。

「き……、傷?」


 やっぱりあのことだろうか。

 お兄ちゃんを欲しがっていた彼を僕は自分勝手な理由で突き放し、契約を解除してしまった。それを捨てられたと受け取ったカズユキは、あれから心に傷を抱えて生きて来たのだろうか。


 だが、違っていた。


「アニキ……、池の主を釣りに行った時さ、俺のこと押し倒したことがあったろ? あの時、俺、キズ物にされてたんだぜ?」

「え……」


「あれから俺……、ホモになっちまったんだ」

「いや……! だって俺、あん時、何も……!」


 僕が身を守るように固くなると、カズユキがキャハハと笑った。そしてあかるい声で今したばかりの話を笑い飛ばす。


「ジョーク、ジョーク! 安心して。俺、ふつうに女の子大好きな野郎に育ったから」

「あ……」


 そう言われてほっとしたが、心の奥では残念がる自分がいた。僕だってふつうに女の子が好きだ。でも、カズユキなら構わない。大人になったカズユキと甘い一夜を過ごす妄想が頭をかすめたが、僕はそれを嫌だとは思っていなかった。


「とりあえず……再会を祝してかんぱーい」


 カズユキがそう言って、ジュースの入った紙コップを差し出して来たので、盃を合わせた。


 カズユキが聞く。

「もう『アイオク!』はやってないの?」


 僕は正直に答えた。

「うん。あれから一度も」


「愛されたいって思わなくなっちゃったの? カノジョでもできて、満ち足りた?」

「そういうわけじゃないけど……」


 どういうわけか、と僕は考えた。

 考えて、わかった。『アイオク!』中毒になる者は、最初の三日間の甘さに取り憑かれるというが、僕にはそれがなかったのだった。

 返金可能な期間に必死になって愛を売る大半の出品者と違って、カズユキは素直で、やりすぎることなく、ほんとうの弟のように接してくれた。僕もほんとうの弟のように、彼のことをかわいいと思っていた。


 ニセモノの愛だと思っていた。


 しかし、あれは本物だったのではないか。


 僕の心の中にはもう、ずっと欲しかった弟が居続けていたのだ。


 僕はそれを冗談めかして彼に伝えた。

「だって僕の弟はおまえがいるじゃん」


 すると彼の顔に笑顔の花がぱあっと開いた。

 中学1年のカズユキの面影が重なる。僕はその花に見とれていた。


「へへ……。嬉しいな。俺、もう弟だとか思われてないって思ってたから」

 嬉しそうに、照れたように鼻の下をくすぐると、カズユキは言った。

「どう? 今夜でも一緒に飲みに行かない? 俺、バイト代でおごるからさ」


「弟におごられるアニキがいるかよ」

 そのやわらかい頭を叩いてやった。

「割り勘でいこうぜ」


「おっけー! じゃ、今夜ね。バイト終わったらすぐ行く?」

「ゲートんとこで待ってる。……あ、いや。飲みに行くんなら車はだめだな。待ち合わせるか。駅前にしよう」

 僕がそう言って人さし指を立てて、前に出すと──


「駅前ね! わかった」


 僕のほうへ身を乗り出したカズユキの唇に、僕の立てた指が、触れた。


 ぷるん──


 あっ……


 そのやわらかい感触に僕は一瞬、浸った。それを見透かすように、カズユキはいたずらっぽく笑うと、僕の耳にその唇を近づけて、こう言ったのだった。


「今夜、楽しみにしてろよ」


 そして僕のかわいい弟は、まるで僕の心を弄ぶ支配者のように、これからも僕を夢中にさせ続けるのだった。









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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく面白かったです! ラストのセリフにキュンとしました(*´꒳`*) 読ませていただきありがとうございました♪
2024/04/19 20:07 退会済み
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