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兄は弟を欲しがった

「お兄ちゃーん! 待ってよー!」


 公園のベンチに座ってスマホを見ていたらそんな声が聞こえて顔を上げた。


 小学校二年生ぐらいだろうか。緑色のトレーナーを着た男の子が走っていた。その子のお兄ちゃんだろう──五年生ぐらいの男の子の背中を、一生懸命に追いかけている。

 お兄ちゃんは友達と一緒に笑顔で歩き続けていて、振り向きもしない。おまえなんかより友達のほうが大事だよみたいな感じで先を歩いていく。


「おにい……あっ!」


 弟の子が転んだ。派手に前にスライディングしてしまって、べそをかいている。


 僕は思わず立ち上がりかけた。弟を助けに行こうとした。

 でも彼は健気にも自分の足で立ち上がると、再びお兄ちゃんを追って駆け出した。


 なぜ……ほっとくんだろう。


 弟がかわいくないのだろうか。


 僕だったら、絶対に振り返って、コケた弟に駆け寄って、べそをかくかわいいあの弟の頭を胸に抱きしめ、よしよししてやるのに。


 でも僕にはわからないんだ。


 一人っ子の僕には、弟がいるというのがどんなことなのか、わからない。

 クラスの同級生に弟のいるやつは何人かいるが、聞くと「うざい」とか「どうでもいい」という答えが返ってくる。

 弟を自慢に思っているやつが一人もいないのが僕には不思議だった。


 僕は欲しい、自慢できる、かわいい弟が。


 そんな弟から尊敬され、頼られたい!


 少し前までなら、そんな願望は創作物や妄想の中でしか叶えることは出来なかった。


 でも、僕の夢を叶えてくれるそのインターネット・サイトは誕生した。そして今、栄えていた。


 愛を落札できるオークション・サイト『アイオク!』で、僕は弟を落札したがっていた。



 $ $ $ $



「うーん……。どの弟も……高いなぁ」


 パソコン画面を見ながら、僕は呟いた。

『アイオク!』のホーム画面には色んなカテゴリの愛の出品が並んでいる。

『家族』カテゴリから『兄弟』を選択し、『弟』の一覧を開くと、サムネイルがずらりと並ぶ。並ぶといってもそんなに多くはない。『妹』のほうがどうやらよっぽど人気があるようで、『弟』の出品はほんの数えられるほどだった。


 かわいい弟を見つけて入札するものの、どれだけ金額を入れても最低落札価格に届かない。

 僕の予算は3万円だった。夢を叶えるために頑張って貯めた。中学二年生の僕には大金だった。でもそれじゃ足りないようだ。大抵のオークションは五万円を超えて落札されている。

 両親に買ってもらうわけにはいかない。僕に兄弟がいないことを責めるみたいじゃないか。

 僕は両親には知られないように、こっそりと弟を作って、外で一緒に遊ぶつもりだった。家に連れて来ることがあれば『友達』だと言おうと決めていた。


「もうちょっと貯めないとだめかぁ……」


 しかし僕は中学生の遊びたい盛りだった。五万円あればゲーム機が買えてしまう。諦めようかと思いかけたその時、その出品を見つけた。


 カズユキという名の出品者だった。


 中学一年生だと書いてある。僕より一つ下だ。


 とても人懐っこい笑顔を浮かべて写真に写っていた。そのかわいい口が今にも「お兄ちゃん」と動き出しそうだった。


「こいつ……かわいいな」


 僕はその子にまず100円を入れた。

 入札限度額を三万円に設定する。

 三万円以上の入札がなく、最低落札価格が三万円以下なら僕が落札することになる。


「……でも、また三万円超えるんだろうなぁ」


 そう思いながら、その日は寝た。

 どうせ僕には三万以上は出せない。運を天に任せるつもりでオークションの終了を待つことにした。




 翌朝、起きてすぐに経過を確認しようと、パソコンを開き、見ると、ページにキラキラとした文字が表示されていた。


『おめでとうございます! あなたが落札しました!』


 落札金額は、100円だった。



 $ $ $ $



 学校に着いてから、スマホで出品者のカズユキくんに連絡をとった。

 正直嬉しさよりも不安のほうが大きかった。安すぎる……。いくらなんでも安すぎる。問題のある出品者じゃないんだろうか。そういえば出品者の評価欄をチェックしてなかった。


 連絡をとる前にチェックすると、初めての出品のようだった。

 いやいや……、問題を起こしてアカウントを作り直した可能性もある。


 でもその不安はすぐに吹き飛んだ。


 取引連絡は電話を希望していたので、カズユキくんに直接電話をかけると、元気のいい、裏表なんてまったくなさそうな、素直な声が耳に飛び込んできた。


『あっ! 落札してくれた山田やまだ貴博たかひろさんですかあ? 出品者のカズユキです! このたびは落札ありがとうございましたぁ!』


「あ……。どうも。山田です」

 僕はドキドキしながら彼と言葉を交わした。

「あの……。このたびは……。その……。なんと言いますか……。えぇと……。ぶっちゃけあの金額でいいの!?」


『ハイ!』

 カズユキの声は元気で、僕から明るさを引き出した。

『だって俺、お兄ちゃんが欲しかっただけだから!』




 愛のオークション『アイオク!』の出品者は、そのほとんどがお金目当てだ。

 自分の愛を売り、対価を得ることのみを目的としている。落札者に愛を提供するだけで、落札者からの愛なんか求めてはいない。

 でも、ほんのたまに、いるとは聞いていた。

 落札者になるにはお金がないから、自分を出品して、お金をもらって自分の欲しい愛を得る出品者がいると。


 カズユキがそれだった。


 その弟は、お兄ちゃんを心から欲しがっていたのだ。





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― 新着の感想 ―
[一言] もしかしてこれはBL(ボーイズラブ)系の小説でしょうか? となると女性向けの作品と判断していいのかな・・・・ 兄弟姉妹(男同士でも男女でも肉親同士はタブー)で一線を越えてしまうのはやばいかと…
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