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女神ユグドラシルの下へ①

 目を開けたアイラが最初に見たものは、じーっと自分を見つめるルインの顔だった。

 ローアングルから見上げるルインの顔というのは、なかなかに迫力がある。

 巨大な顔面、半開きになった口から見える隙間なく生える牙、ガラス玉のように大きな赤い瞳。見慣れない人からするとこの顔は、仕留めた獲物を捕食する肉食獣のそれに見えることだろう。だが見慣れたアイラからすると、愛嬌のある可愛らしくほっとする顔に映る。ルインは狐そのものの顔から人語を発した。


「アイラ、目が覚めたか!」

「うん……ここどこ?」

「バベルの治療所だ!」

「バベルの? あたし、生きて戻ってこれたんだ。死んだかと思った」


 アイラが最後に覚えている記憶は、雪原でマンムートを倒して満身創痍でぶっ倒れたところだった。まさか生きてバベルに戻れるとは。身を起こしたアイラはルインの頭をぐりぐりと撫でつつ、周囲を見回す。清潔なベッドに寝かされ、周囲にはカーテンが張り巡らされ、ルインの巨体はカーテンから半分は見出している。


「あ、あれ?」


 そこでアイラはいつもと視界が違っていることに気がついた。よく見える。視界が広い。アイラは不思議に思い、何度か目を瞬かせた後、そっと右目を覆ってみた。見える。かなりクリアに、はっきりと見える。


「なんで……え? 左目、見えるようになってる? あれ、なんか前髪短くなってない?」


 アイラは混乱しつつ、いつも左目を覆っていた前髪を触ってみた。長かった前髪がすっきりさっぱり、眉あたりまで切り揃えられていた。


「あれ、なんで? え、どうして?」


 自分の顔面をさわさわこねこねするアイラを見ていたルインが、こらえきれなくなったかのようにふはっと笑う。


「はははっ! 驚いているようだな、アイラ」

「あたしどうしちゃったの? 死んだと思ったのに……前より状態よくなってるよ?」

「あの灰色の男が治したのだ」

「灰色の男……フレイ?」

「そうだ。雪原で死にかけていたアイラに、治癒魔法を施した。それによって左目の治ったのだろう」

「…………」


 にわかには信じられない話だった。この左目はアイラが幼少期に村を焼かれて放浪を余儀なくされていた頃、栄養失調により視力を失ったもので、シーカーをしても「もう元には戻らない」と言われていたものだ。それが治るなんて。

 そしてアイラははっと気がついた。


「あれっ、フレイは? どこ行ったの?」


 ルインはこの言葉を受け、口を開く。


「ああ、あいつは……」


 ルインがみなまで言う前に、カーテンに誰かの影が映り込み、声がかけられた。


「アイラ殿、起きたのか」

「その声は、セイアお兄様」


 アイラが記憶をたぐって声の主を特定すると、カーテン越しにくぐもった苦笑がした。


「すっかりその呼び方で定着してしまったようだな。入ってもいいかな」

「どーぞ」

「ではお言葉に甘えて、失礼する」


 カーテンの隙間からさっと入ってきたのは、ヴェルーナ湿地帯で出会い、なんだかんだ仲良くなったフィルムディア大公一族の長兄、オデュッセイアだ。薄い緑色の長髪をなびかせ、あいも変わらず完璧な装いの彼は、アイラが寝ているベッドの傍にあった椅子を引き寄せるとそこに座った。


「君がルイン殿の背に乗って、『堕ちた者』とともにバベルに戻ったと聞いた時は驚いた。ルイン殿の話によると『堕ちた者』は心を入れ替え、君たちと協力して『雪原の覇者』をも倒したという……にわかには信じられないが、ギルド職員を派遣して確認したところ、確かにルーメンガルドの奥地にて『雪原の覇者』の死体が見つかったとの報告がされた。これで君たちは、ヴェルーナ湿地帯に続いてバベル周囲に存在していた問題を二つも解決したことになるな。君たちの功績を讃え、褒賞を用意するという話になっている。マンムートの素材換金は全て君たちのものだというのは当然として、一級への引き上げ、七十一階以上の最上級の居住区エリアに住まいを用意するというのはどうだろう」


 アイラは今この瞬間、自分への褒賞なんてどうでもよかった。胸の内をつきあげる嫌な予感のままにオデュッセイアへと問いかける。


「フレイ……フレデリックはどこにいるの?」

「地下牢に閉じ込めている。彼が連れていた遺体は、ひとまずは別の場所に安置されているが」 

「これからどうなんの?」

「それは難しい質問だな」


 オデュッセイアはわずかに柳眉を寄せ、考えながら言葉を紡ぐ。


「どのような理由があれど、彼は罪を犯した。それは見逃すことはできない。雪原で冒険者を罠に嵌め、身ぐるみをはがす略奪行為は看過できない犯罪行為だ。しかし一方で、今回……彼はルーメンガルドの悩みの種だった『雪原の覇者』討伐に協力し、瀕死の君を救うという行動を取った。この功績は大きい。彼をどうするのかはこれから我らの間で話し合いが行われる。答えが出るまでは、牢に繋がれたままになるだろう」

「…………」


 アイラはシーツの裾を握りしめ、淡々と語るオデュッセイアの美しい顔を見た。その顔にはなんの情状酌量の余地もなく、ただただ事実を述べているだけだ。

「雪原の覇者」マンムートを仕留めたアイラとルインに褒賞を与え、罪人であるフレデリックをどうするかの沙汰を下す。

 アイラは、一筋の希望を込めて、オデュッセイアへと話しかけた。


「ねえ、セイアお兄様。一つお願いがあるんだけど」

「なんだろうか。バベルの問題を着々と解決していく君の願いとあれば、できる限り叶えるつもりだが」


 そしてアイラは、お願いを口にした。


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