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光明④

 アイラとマンムートの追いかけっこが始まった。それは、ギリワディ大森林でココラータを追跡していた時とは違う、命をかけたものだった。猛吹雪の中、視界を確保するのもやっとの状態で、雪に足を取られながらマンムートの攻撃を避けつつ先に進むのは至難の業だ。それでもアイラはめげなかった。

 巨獣が猛り狂いながら、アイラめがけて突進してくる。動きが大ぶりなので平常時ならば見切りがつけやすいのだが、悪天候と魔物の並はずれた俊敏性とで簡単にはいかない。

 マンムートの攻撃は多彩だった。

 足を踏み鳴らせば地震が起き、口から吐くブレスは周囲を凍結させ、雄叫びは身をすくませる。おまけに吹雪だ。勇ましい言葉を吐いたがアイラの足は遅々として進まず、目的地まで到達するのに何時間もかかりそうな有様だった。鼻を使った攻撃はなくなっても、そのほかに持っている攻撃手段が多すぎる。


「くっ……」


 アイラは振り向き様に斬撃を放った。的が大きいので当たるには当たるのだが、全く効いている感じがしない。これほどまでに手応えがないのは久しぶりだった。


「もっと大技じゃないとダメかぁ……!」


 それには足止めが必要だ。大きい技を使おうとすればするほど、集中力が必要になる。魔力を練って内側に溜め、爆発させなければならない。そのためにはどうしてもフレデリックの使う捕縛魔法陣まで誘導する必要があった。

 アイラが雪から足を抜き、先に進もうとした刹那、マンムートが顔を振りかぶった。大きな動作で鼻の横から生えている牙が空を裂き、アイラの眼前に肉薄する。

 回避不可能の攻撃だった。

 右の牙がアイラの左顔面に直撃し、顔の半分が抉られた。


「…………っ!!」


 左眼球が間違いなく破裂した。尋常ではない痛みがアイラを襲い、脳髄が破壊されたのではないかと思った。大量の鮮血が暗い空に飛ぶ。


「……う、ぐ……ゲェエッ!!」


 死んだかと思った。左顔面を中心に、鋭い痛さに苛まれる。しかしここで倒れるわけにも、気を失うわけにもいかなかった。アイラは気合いと人並外れた意志の力で踏ん張り、どうにかマンムートの追撃を避ける。

 やられたのがどうせいつも使っていない左半面で良かったと己を納得させ、歯を食いしばる。右目だったら何も見えなくなるところだった。

 しかし深傷を負った状態で、足場の悪いなか強敵と戦うというのはかなり厳しい。


「う……はぁ……!」


 とにかく足を動かして、前へ前へと行くしかない。マンムートの猛攻をすんでのところでかわしつつ先を急ぐアイラの前に、見覚えのある、赤とオレンジの毛並みの獣が現れた。


「ヤツは陣のところで準備中だ! アイラ、オレに乗れ!」

「ルイン……!」


 頼れる相棒は軽やかに跳躍してアイラの前で身を伏せる。アイラがその背にまたがると、一吠えしてから前へと走り始めた。


「随分なやられようだな、珍しい」

「うん……結界で、防ぎきれなくて……」


 アイラは右手でルインの背をしっかりと握りしめ、左手で出血部分を押さえていたが、とめどなく流れる赤い血はもはや尋常ではない量だった。腕を伝って胸部を汚し、太ももにボタボタ垂れている。


「耐えろ、アイラ! こやつを食うんだろ!!」

「うん……!!」


 ますます右手でルインにしがみつき、縦横無尽に駆けるルインから振り落とされないようにする。今までに何度もルインに乗って窮地を脱して来たが、今ほどルインの背に乗っているのが難しいことはなかった。バランスは悪く、痛みにひきずられて注意力が散漫になる。

 マンムートの攻撃を避けつつ一際高く飛んだルインが、開けた土地へと飛び込んだ。ぐるりと円形になった空き地のアイラから見た反対側に岩がそびえており、その上に灰褐色の男、フレデリックの姿が見える。


「来たか、アイラ……! どいてな!」


 ルインが横に飛んで雪を撒き散らしながら木立の中に突っ込んだ。突然姿を消したルインを探しつつ、マンムートがまっすぐに空き地に進んでいった時、雪の中から地面が光った。

 白銀の光は縁を縁取り、その中で文字を浮かび上がらせる。マンムートの巨体が円の中にすっぽり収まっており、光が足に、牙に、体に絡みついた。

 突如体の自由を奪われたマンムートが怒りと驚きで雄叫びを上げる。声が暴風を巻き起こし、大粒の雪が横殴りに吹き付けたが、捕縛魔法陣の威力は弱まらず、それどころかますます輝きを帯びていた。


「ここが正念場だぞ、アイラ」

「うん……わかってる!」


 頭が割れそうな痛みを心の奥に押しやって、アイラは攻撃に集中することにした。フレデリックがマンムートの足を止めている今がチャンスだ。

 右手でファントムクリーバーを掲げ、左手を刀身に添える。集中して魔力を高め、全てを武器に込める。

 変幻自在のクリーバーが、赤い炎に包まれた。そのあまりの熱の高さに周囲の光景が揺らいで見える。猛吹雪で荒れ狂う氷点下の凍える寒さの気温の中、アイラとルインの周りだけが熱を発していた。


「行くぞ」

「うん」


 ルインの短い声かけにアイラが頷けば、ルインがマンムートめがけて跳躍した。ねらうのは、脳天だ。ルインの一足であまりの高さに舞い上がり、まるで空をかけているかのようだった。吹雪の音が耳に響くが、今、アイラの集中力はかつてないほどに高まっていて、音も痛みもなく、一切の感覚が遮断されていた。

 左目に映すのは、銀の光を放つ魔法陣によって身動きが取れなくなっている雪原の覇者。

 ルインの口が大きく開き、特大の火球が吐き出される。二撃、三撃と火球は続き、そしてその度にマンムートの頭部が焼け焦げた。下降するルインの動きに合わせ、アイラはファントムクリーバーを大きく頭上に掲げーーマンムートの脳天めがけて振り下ろした。

 燃え盛る剣戟が、マンムートの分厚い皮膚に食い込み、切り裂いた。それだけでは終わらない。アイラは込める魔力量を増やし、剣を更に強化する。魔混鋼まこんこうという特殊な鋼でできているファントムクリーバーは、アイラの魔力に耐え、力へと変えてくれる。

 刀身から白熱した炎が迸り、皮膚に食い込んだ部分から肉を焼いた。


「ぐ……ぅうっ!」


 ありったけの魔力を使い切り攻撃を続けると、マンムートの頭部から爆炎が上がった。一際大きい叫び声を上げたマンムートが、瞳の色を失う。

 左目を失い魔力がつきかけ、満身創痍となりながらも、ついにアイラはルーメンガルドの果てなき凍土に覇者の名を轟かせたその魔物を討ち倒した。


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