そして日々は終わりを告げる
アイラが共同キッチンで営業を開始してからそれなりの日数が経過した。
この間食材に困ったことは一度もなく、誰かしらが何かしらを毎日持ってきてくれていた。とてもありがたいことだと思う。
足りない食材は市場で買ったり自分たちで狩ったりして、料理を作る。
料理を食べるお客はみんな満足そうだったし、褒め言葉もたくさんもらえた。
充実した毎日だと思う。
しかし、段々と物足りなくなっていたのも事実だ。
ある日の夜、営業を終えてベッドでごろごろしながら、床に寝そべるルインへと話しかける。バベルに来てから半年ほどが経っているので、この無機質な部屋にもだいぶ愛着が湧いてきた。
「ねールイン。そろそろ遠出したいと思わない?」
「奇遇だな、アイラ。オレもこの塔から出て外の空気を吸いたいと思っていたところだ」
「だよね」
ベッドに足を投げ出したままがばっと上半身だけを起こす。ルインは交差させた前足に頭をのせ、うとうとしている様子だった。
「料理メインで過ごすのもいいんだけど、せっかくこんな面白い場所にいるんだから、まだ見たことのない場所に行ってみたいよね」
「ああ。うまそうな魔物がいる場所がいい」
「あたし、シーカーが持ってきてくれたサラマンダーが気になったんだけど、どうかな」
サラマンダーは砂漠に生息している魔物だとシーカーは言っていた。
「バベルに来るときに砂漠通ったけどさ、結局黒いデザートワームしか魔物見なかったじゃん? 他にも色々いると思うんだよね。砂漠行こうよ」
「うむ……砂漠か。確かにそうだな」
閉じられていたルインの目がうっすらと開き、アイラの話を真剣に検討しはじめる。
「砂漠特有の魔物、興味がある」
「でしょ? 砂漠、行こ行こ!」
一度考えてしまったら、もう居ても立っても居られない。
砂漠、行こう。
そして砂漠の魔物を倒して料理しよう。
「よぉ〜っし、次の目的地は、ゴア砂漠!」
「うむ。楽しみだな」
こうしてアイラたちは次の目的地を定め、バベルを飛び出そうと決心した。
明けて翌日。キッチンにやってきたエマーベルたちに、アイラは開口一番こう言った。
「おはよ、みんな。突然なんだけどあたし、お店終わりにして探索に出ることにしたから」
突然の宣言にエマーベルたちは目を瞬かせ、しばし呆然と突っ立っていた。
「は、あ……それはまた急ですね」
「えぇっとぉ、どこに行くつもりなんですかぁ?」
「よくぞ聞いてくれたね、シェリー。砂漠だよ!」
元気よく砂漠に行く発言をしたアイラに、クルトンとノルディッシュも困惑顔だ。
「砂漠か……」
「確かにこの前食べたサラマンダーの肉は変わった味だったからな」
「そう。サラマンダーみたいな変わった魔物を味わいに、砂漠に行くの! ね、ルイン!」
「うむ。オレたちは砂漠へ行く」
「お店は期間限定でやるって話だったし、一ヶ月もやったからいいでしょ。おしまい! あたしは探索に行く!」
アイラの自由すぎる発言を、しかし止める者はいない。
止めても無駄だと思われているのか、元より引き止めるつもりはなさそうだった。
「わかりました。このひと月の間、ありがとうございました」
「アイラさんと働けて、すっごく楽しかったですぅ!」
「いい稼ぎになったぜ、ありがとよ」
「俺の怪我もだいぶマシになったことだし、ここらで冒険者家業に戻るとするか」
「ん! こちらこそありがと! すっごい助かったよ。また一緒になんかやろうね。そうだ、砂漠に一緒に行く?」
これに対しエマーベルたちは四人とも一斉に首を横に振った。
「遠慮しておきます」
「私たち、まだ三級なんでぇ……」
「アイラさんの探索に同行したら、命がいくつあっても足りないぜ」
「もう少し修行を積んでからにする」
「そう? ちょっと残念だけど……まあ、それならそれでしょうがないよね」
アイラとしては共に行く仲間が増えるのは喜びでもあり楽しみでもあるのだが、無理強いはよくない。ルインと二人の気ままな探索も大好きなので、構わないだろう。
こうしてアイラによる共同キッチンを使った臨時の料理店は終わりを告げた。
突然すぎる閉店に惜しまれる声が多く届いたが、しかしアイラがそもそも冒険者であること、色々な功績を立てているすごい人物であるという噂は広がっていたため、無理に引きとどめたりはされなかった。
「また店をやるの待ってるぜ!」という声をたくさんもらったアイラは、年をとって引退したら料理店をやるのもいいなぁと思ったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
一旦、これにて完結とさせていただきます。
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おかげさまで本作はGCノベルズ様より書籍化、コミカライズ化しております。
https://gcnovels.jp/book/1742
なおコミカライズ第2話が本日更新され、ライコミさんで読めます。
https://comicride.jp/series/1169e5ea878d7
まだまだ商業で続く「もふペコ料理人」の世界をぜひよろしくお願いいたします。






