スパイシー日替わり料理
日没。
バベルの塔の四十一階に位置する低居住区向けのキッチンは、いつになく食欲をそそる匂いで満たされていた。
本日のメニューは、ヨーグルトに半日漬け込んだサラマンダーの肉。
人喰い草のスープ。そして薄焼きにしたパンだ。
鉄板焼きにした肉と人喰い草の実を薄焼きのパンで挟んで食べるのだが、これがかなりのボリュームなので飢えた冒険者の胃袋も満腹になること間違いなしの一品だった。
「この肉、うめえな! すっげえやわらけえ」
「初めて食う味だ」
「なんつーか、食っても食ってもまだ食いたくなるような味だな!」
などという声が方々から聞こえてくる。
アイラは調理しながら、でしょでしょ? とご機嫌だった。
営業前にみんなで賄いで食べたのだが、サラマンダーの肉はアイラの予想通りの仕上がりとなっていた。
ヨーグルトに漬け込んだことによって繊維がほぐれ、あの靴底みたいに固かった肉が嘘みたいに柔らかくなっている。のみならず、ヨーグルト効果でマイルドさがプラスされているのだ。
元々のスパイシーな味わいはそのままで柔らかさとマイルドさが加わって、さらなる美味しいお肉へと大変貌を遂げていた。
一方、人喰い草のスープも思いがけない人気があった。
「あー、スープが体に染み渡るぜぇ……」
「この優しい味わい、故郷のおふくろの味を思い出すなぁ……」
「ほんと、久しぶりの味ね」
素朴な味わいの人喰い草のスープは、探索中にほとんど野菜を摂取していない冒険者にとってご馳走の一つとなったらしい。わかる。探索中に食べられる野菜といえば、野草がせいぜいだ。あまり美味しくはない。まあこれも野菜というより魔物だけど。
そんなことを考えながら調理をしたいたら、すっかり店の営業に慣れたエマーベルからの声が飛んだ。
「アイラさん、日替わりを三つ追加です!」
「はいはーい」
ボウルから肉を取り出して、軽くヨーグルトを落としてから鉄板で焼いていく。
空いたスペースで同時に人喰い草の頭部分も焼き始めた。
焼いた人喰い草の頭はやや透き通った白になり、甘みが増す。
「はいどーぞ」
手早く三つの日替わり料理を用意して出せば、エマーベルの指示によりさっと料理を待つ冒険者の元へと運ばれる。一切の無駄のない軽やかな動きだ。
揉め事に備えてルインがキッチンの隅っこで客席の方に目を光らせていた。
営業をはじめてから日数が経ったが、小競り合いは日々発生している。
量が少ないだの俺の方が先に注文しただの待たせすぎだだの、なんだかんだとイチャモンをつける冒険者が多いのだ。言いがかりに過ぎないため、いちいち相手などしてられない。下手に出たら負けである。ルインが出て行って凄めば、それだけで大抵の冒険者は大人しくなるため解決は早かった。
そんな風にして多少のトラブルを交えつつも時間は過ぎ去り、営業が終わる。
「お疲れ様です。今日もたくさんお客さんが入りましたね」
「うん」
「どうしたんですか、アイラさん。気もそぞろのようですが……」
客が帰ったキッチン内でアイラが窓の外を見ていたら、エマーベルにそう指摘されてしまった。
「え!? あー、なんでもないよ」
「窓の外に何かあるの?」
パシィにも不思議がられ、窓枠に手をかけてぴょんぴょん飛び跳ね始めてしまった。ルインは鼻を鳴らす。
「大方、シーカーの奴を待ってるんだろう」
「シーカーさんというと、サラマンダーを持ってきてくれた方のことですか?」
「そうだ。他にどんなシーカーがいるというのだ」
「シーカーという方は結構たくさんいますが……」
ルインの呆れたような目線にさらされ、エマーベルがそんな反論をする。
確かにシーカーという名字がバベルでは一般的だったなぁとアイラは思い出す。かくいうアイラも冒険者登録するときに自分の名字をシーカーにしていた。
「ともかく、今日作った料理をシーカーにも食べてほしいと思っているに違いない」
「あははは」
ズバリ言い当てられたアイラはとりあえず頬をかきながら笑いを漏らす。
「だって美味しくできたんだもん。食べてほしいと思うのは当たり前じゃん」
朝は持ってきてもらった肉を焼いただけだった。あんなのは料理ではない。ただの味の確認だ。
アイラは、アイラが考え工夫して作った料理を食べてほしいのだ。
「そうそうシーカーが顔を出すかどうか……気まぐれな上に時間の間隔もあまりないような奴だからな」
「わかってるよ」
アイラは唇を尖らせた。
ルインに言われなくてもシーカーの性格は重々承知していた。
自由気まま、奔放、神出鬼没。
そんな言葉がぴったりな人だから、いつまた顔を見せるかはわからない。
「待っててもしょうがないから、来てくれたらラッキーって思お……」
「やぁ、アイラ」
「アイラ! オイラたち、キタ!」
「来てくれたぁ!」
ため息をついて気持ちを切り替えようとしたのも束の間、シーカーと連れの神獣フーシンが共同キッチンの扉を開けて入ってきた。
「わー、来てくれたんだ」
「うん。サラマンダーをどう料理したのか気になって」
「アイラの料理、タベタイ! タベタイ!」
フーシンが興奮してキッチンをぐるぐる回っている。
ヘルドラドがフーシンの勢いに気圧され、若干嫌そうな顔をしていた。
ルインも後退りしている。
「こらこら、落ち着いてフーシン」
「タベタイ! タベタイ!」
「みんなが困ってる」
「タベ……!」
「こやつ、やかましいな!」
耐えかねたルインが一喝すると、フーシンはびくりと体を震わせて硬直した。
さっとシーカーの後ろに隠れ、おそるおそる顔だけを覗かせてルインをじっと見つめる。
「コワイ……」
「大人しくしてれば怖くないよ」
シーカーによしよしと頭を撫でられフーシンがようやく落ち着いた。
蛇に火狐に古龍にと、共同キッチンに大型の従魔がひしめく事態になり、エマーベルたちはどことなく居心地が悪そうである。四人で身を寄せ合っていた。
「来てくれてよかった。サラマンダーのお肉、とびきり美味しくしたんだよ」
「それは楽しみだね」
「タノシミ!」
「今準備するからちょっと待ってて!」
アイラは急いで自分達用に取っておいた肉の調理に取り掛かる。
人数分のサラマンダーの肉を焼き、人喰い草の頭部を焼き、人喰い草のスープを盛り付け、薄焼きのパンを温め直す。
アイラとルイン、エマーベルたちとパシィ、ヘルドラド、それにシーカーとフーシンの分を盛り付けると、長テーブルにどどんと用意をした。
「おまたせ! 『サラマンダーと人喰い草のスパイシー日替わり料理』だよ!」
湯気を立てる出来立ての料理から立ち上る匂いに、一日働いた胃袋が嫌が応にも刺激された。
人間は長テーブルに向かい合って腰掛けて、従魔は床に用意された料理を眺めている。
「このお料理はね、パンに具材を挟んで食べるんだ」
アイラは薄焼きのパンを手にとって、サラマンダーの肉と人喰い草の頭とを載せると、くるっと半分に折った。そしてそのまま口をあけ、ガブリと齧り付く。
塩気の効いたシンプルなパンに、ヨーグルト漬けにしたサラマンダーの肉の味と焼いた人喰い草の優しい甘みとがいっぺんに味わえる。とても贅沢な一品だ。
「んーっ、おいし」
「オイシイ! オイシイ!」
「おいっ、飛ばすな!」
「シャアア」
フーシンの勢いのよすぎる食事にルインとヘルドラドが苦言を漏らしている。
二頭は前足で皿を寄せ、フーシンから若干距離を取った。ちなみに従魔たちの分はあらかじめパンに肉と人喰い草とを挟んで出してある。
シーカーは肉を噛み締めながら感心した顔をしていた。
「サラマンダーの肉、ここまで柔らかくなるなんて何をしたんだ?」
「これはヨーグルトに漬け込んだんだよ」
「ヨーグルトに……へぇ。そんな調理方法があるんだね」
「そうなの。ビックリした?」
「うん。まだまだ俺の知らないことがあるんだな」
シーカーを驚かせることに成功したアイラは大満足だった。
「いっぱいあるから、いっぱい食べてね。パシィも!」
「うんっ」
はむはむとパンを食べているパシィも嬉しそうにしている。
みんなで囲む食卓はどうしてこうも楽しくてあたたかいのだろう。
アイラは、仲間たちとの食事の一時を思い切り楽しんだ。
スパイシーな料理ってやみつきになりますよね






