いざ仕込み②
共同キッチンに戻り、肉の下ごしらえをする。
「まずサラマンダーのお肉を一口サイズにザクザク切っていきまーす」
言いながら、その通りに一口サイズにザクザクザックリとぶつ切りにしてボウルの中にポイポイと入れていく。一つのボウルがいっぱいになったら、すかさず次のボウルをシェリーが用意してくれた。阿吽の呼吸だ。
二十個ほどのボウルがいっぱいになったところで肉が底を尽きた。
「そしたらここに、ヨーグルトを入れて混ぜまーす」
どさどさどさーっと大量のヨーグルトを投入し、まんべんなく混ぜていく。
ぐるぐる肉とヨーグルトを混ぜ合わせるアイラを、エマーベルたちは遠巻きに見つめていた。
「なんというか、初めて見る光景ですね……」
「生のお肉とヨーグルトって、合うのかなぁ」
「俺、肉はそのまま焼くのが一番うまいと思ってた」
「俺もだ」
「みんな、ヨーグルト漬けの底力を全然わかってないね」
アイラは顔を顰めてそう言ってやった。
「確かに初めて見た時は、あたしもどうかと思ったけどさ。ほんとうに美味しくなるんだから」
「アイラさんがそう言うなら我々は信じますが……」
「信じて! 絶対大丈夫だからさ」
いまいち半信半疑なエマーベルに自信満々の笑顔を見せる。
ヨーグルトに漬け込んだお肉は美味しい。しかもこのスパイシーな味わいのサラマンダーの肉となら相性抜群だ。
アイラは出来上がりを想像し、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「さて、お肉の準備はこれでオッケーだけど、他の食材も必要だよね。流石にお肉だけってわけにはいかないし。何にしよっかな〜」
メインはサラマンダーの焼いた肉だ。
であれば他の食材も今日は焼こうかな。
「何か焼ける野菜が欲しいな……」
「……アイラ〜……」
「シャクッとしてる感じの野菜がいいなぁ。何にしようかな」
「あ、あいらぁ〜……」
「んー、とりあえず市場に見に行こうっと」
「あいらぁ……」
「んん?」
一体どんな野菜を使うか、とりあえず市場に行って見てみようと思ったアイラの服の裾をくいくいと引っ張る手があった。
体を捻って後ろを見れば、そこには三角帽子を被った小さな魔女の姿が。
「あれ、パシィ?」
「アイラ、気づいてくれてよかったぁ」
ぐすんぐすんと鼻を鳴らしているパシィはなぜか涙目だ。アイラはしゃがんでパシィと目線を合わせる。
「どしたの? 沼地に帰ったって聞いてたけど」
『海神』討伐に参加したパシィは、終わるなりさっさとヴェルーナ湿地帯に帰ってしまったと聞いていた。バベルは人が多くてヘルドラドが落ち着かないからという理由だったはずだが。
「なんかトラブル?」
「ううん、違うの。あのね……帰ってみたら湿地帯に人喰い草が大量発生してて、駆除したからお裾分けに来たの」
「シャア」
パシィの背後から現れたヘルドラドの胴体には、大量の草みたいなものがぶら下げられていた。
「アイラがルインにやっていたのを真似して、ヘルの体に巻いて持ってきたんだ……」
アイラがルインに荷物を持ってもらう時は、鞍を装着してそこにルペナ袋をひっかけている。しかしヘルドラドは細長い胴体にびっしりと人喰い草が巻きつけられていて、もはや元の肌は顔しか見えていない状態だった。別の生物に見える。
「すごいねこれ……」
「うん、いっぱいいたから、いっぱい倒したの」
アイラはヘルドラドの見た目がすごいなぁと思ったのだが、パシィはどうやら「いっぱい倒してきてすごいね」と褒められたのだと勘違いしたらしい。
アイラはヘルドラドに近づき、人喰い草をしげしげと見つめた。
人喰い草はひっくり返ったカブのような見た目の魔物だった。パシィが一つ手にとって説明をする。
「この白い部分が頭で、ここの歯で人を喰べるんだよ」
「ほんとだ、歯があるね」
カブの実のような部分をぐいーとパシィが引っ張ると、ぱっくり割れてギザギザの歯が出現した。この実の部分は赤子の頭くらいの大きさがあるので、噛みつかれたら結構痛そうだ。
「それからこの葉っぱ、裏がトゲトゲしてて痛いの」
「わー、ほんとにトゲトゲしてるね」
バラの棘のようなものが無数についていて、刺さったら確実に血が出る。
「でも人喰い草は熱にすごく弱いから、熱湯につけると歯もトゲも柔らかくなっちゃうんだよ。パシィも一度沼地で食べてみたんだけど、美味しかった」
「それはワクワクしちゃうなぁ」
食べることに関して目が無いアイラなので、美味しいと聞けばとても興味が湧く。
「ちょうど野菜が欲しいなと思っていたところなんだ。ありがと、パシィ!」
「えへへ……アイラに喜んでもらえるなら、パシィも嬉しい」
「せっかくだから食べて行ってね。まだお仕込み中だから出来上がるの夜になるけど、よかったら待ってて」
「うんっ」
力一杯首を縦に振ったのでパシィの三角帽子が横にズレた。ズレた三角帽子を戻しながら、パシィは嬉しそうにはにかんでいた。
「食材が追加で手に入っちゃったラッキー」
「アイラさん、全てのことをラッキーの一言で終わらせますけど、全てはアイラさんの功績のおかげですからね?」
エマーベルにそんな風に言われ、アイラはキョトンとした。
「え……そうなの?」
ひょっこり横から顔を出したシェリーも、エマーベルの意見に同意した。
「そうですよぉ。バベルに来てから四大脅威のうち三つをどうにかしたんです。その功績によって色々な人が色々なものを持ってくるんですよぉ」
「そうなんだ?」
アイラがバベルにやってきてからの行動動機は、ほぼあれが食べたいこれが食べたいという好奇心と食欲によるものだ。その結果、色々な魔物を討伐しているだけに過ぎない。
「……もしかして、あたしってすごい?」
「すごいですよ」
「すごいなんてものじゃないですよぉ!」
「俺の命も助けてくれたしな」
「俺たちが知り合いになれたのが奇跡なレベルだ」
なんだか一斉に褒められた。
嬉しくなったアイラは、床に寝そべっているルインに話しかける。
「ねえルイン、あたしたちすごいって」
「うむ……うまいものが食えればそれでいい」
ルインの尻尾がもふもふと揺れ、ヘルドラドがそれを視線で追いかけていた。
「パシィも、アイラはすごいって思うよ!」
バベル内で行くあてのないパシィは共同キッチンでアイラの調理風景を眺めていた。
「ほんと? ありがとー! じゃあはりきってお料理するね!」
食材の良さを最大限に引き出すものを作らなければ。アイラはますます気合を入れて調理にとりかかった。
「まずはこの人喰い草の頭と葉っぱ部分を切り離しまーす」
葉の裏のトゲが痛いので、あまり押さえつけないように注意しながら頭の部分を切断していく。
「僕たちも手伝います」
「ありがとー!」
エマーベルたちにも手伝ってもらうことにし、全員で手分けをして人喰い草を切っていく。切りながらもアイラはふと気になったことがあった。
「この魔物、一体どうして急に湿地帯に湧き出たんだろうね?」
「瘴気が落ち着いて、生態系が変わってきたんだと思う……パシィとヘルがちょっと留守にしてる間にいっぱい出てきたって話だから、もしかしたらヘルがいなくなったことも影響してるかも。ヘルは湿地帯のあるじみたいな存在だから」
「シャア」
チロチロと細長い舌とともに吐息のような鳴き声が漏れる。
「確かにヘルドラドは存在感抜群だもんね」
「とりあえず一通り駆除はしたけど、定期的に見回らないと増え過ぎちゃって大変になるかも……戻ったらしばらく、パシィは見回りする」
「そーいえば湿地帯にいるギルド職員さんとは仲良くしてるの?」
「うん。みんな、いい人。ヘルをみても怖がらないし、パシィにも優しく話しかけてくれる。でも、ごはんはアイラが作ってくれたものの方が美味しいよ。浜辺で食べたフリットとかも、サクサクしててすごく美味しかった……」
「確かにあれは美味しかったねぇ」
『海神』討伐後に浜辺で開催した勝利の宴は今思い出してもご馳走尽くしだった。
『海神』をはじめとして、テンタクルス、リヴァイアサン、人喰いスキャーラップ、マッドクラブと念願の海の幸を食べ放題だ。
強敵を倒したという達成感、そしてそれを成し遂げた仲間たちとの宴とあって、大盛り上がりだった。
「またあんな感じで外でごはん食べたいなぁ」
強い魔物を倒して、それを食べる時のなんとも言えない幸福感。こうして安全な場所で手の込んだ料理を作って食べるのとは別の幸せがある。
「アイラさん、人喰い草の処理おわりました」
「エマーベル君、ありがと」
アイラがパシィと喋っているうちに、エマーベルたちが作業を終わらせてくれていた。
「手が早いね。痛くなかった?」
「このくらいの怪我は冒険者やってれば日常茶飯事ですよぉ」
見た目に気を遣っていそうなシェリーからのたくましい返事。
「やっぱり冒険者なんだねぇ」
「はい! わたしは最強のアイドル冒険者になるって決めてるんですぅ! 人喰い草ごときに負けてられませんっ」
夢を語るシェリーの瞳がきらめいている。
「じゃああたしは最強の料理人になろっかな!」
「もうなってると思いますよぉ」
「まだまだ。指一本で海を割れるくらいにならないと」
「指一本で……それって、人間業なんですかぁ……??」
「んー微妙。でも、そのくらいになれるまでがんばる!」
「じゃあじゃあ、わたしもがんばりますぅ!」
「一緒にがんばろ! とりあえずこの人喰い草を美味しく料理して食べよ!」
草部分と白い頭部に分断した人喰い草。
草部分のトゲをむしり口に含んでみた。
「割とマイルド……青臭くないからスープとかに良さそう。頭の方はどうかな?」
頭部を真っ二つに割ってみると、中はカブそのものの白さだった。口にしてみると、シャクリとした歯ごたえの後にかすかな甘味を感じる。
「ん。これはスープと鉄板焼きどっちもいけるね。汎用性の高い魔物で嬉しい〜」
こうして未知の食材に出会うとワクワクする。どうやって料理しようか考えるのも料理人としての醍醐味だ。
「次に手伝うことはありますか?」
「じゃあこの葉っぱを一口サイズにカットして、頭の部分も八等分にくし切りにするの手伝ってもらえる?」
「お安い御用です」
エマーベルたちにも手伝ってもらい、人喰い草を食べやすい大きさに切っていく。パシィはテーブルに突っ伏して椅子に座って足をぶらぶらさせながら、アイラたちの調理風景を見守っていた。
「お鍋にお湯をたっぷりと沸かしまーす」
寸胴鍋に水魔法で生成した水をたっぷりと入れ、魔導コンロに火魔法で火を付ける。
「そしてお鍋の中に、人喰い草を投入」
ざざざざーっと豪快に人喰い草を入れていく。
「あとは湯だったら塩胡椒で味を整えれば、完成! あっという間!」
「残りの人喰い草の頭はどうするんですか?」
ボウルに残った頭の部分を眺め、エマーベルが疑問を呈す。
「これはあとでお肉と一緒に鉄板で焼くよ」
「なるほど鉄板で……」
「そ。美味しそうでしょ?」
「味の想像がつきませんが、アイラさんが作るなら美味しいんでしょうね」
「うん、絶対に美味しいから期待して待ってて!」
全員の期待を一身に背負い、それに応えてみせるのがアイラだ。
「よぉし、お肉が柔らかくなるまでの間に、もう一品作って待ってよーっと」






