アイラは興味を抱く①
こんこん、と窓を何かが叩く音でアイラは目を覚ました。
窓はベッドのすぐ横にある。
目を開けたアイラは、飛び込んできた人物を見て、思わず大声をあげた。
「シーカー!!」
「なに……シーカーだと?」
予想外の人物名を聞いたルインもいつもとは違ってぱちっと目を覚まし身を起こした。
「本当だ、シーカーがいるな」
「下を指差してるね。出てきてってことかな?」
「のようだな」
「よぉし、行こ行こ」
アイラは素早く支度を済ませるとルインを伴って急いでバベルの東門を潜り抜け、ギリワディ大森林へと出た。
ギリワディ大森林は背丈の高い樹木がひしめき合う、朝でも昼でも日が届かない薄暗い森だ。
明かりといえば空気中の魔力を吸って輝く燐光スズランや蛍草、光苔といった魔法植物たち。これらの微量な明かりに照らされ立っていたのは、アイラのよく知るシーカーだった。背後では最近共に旅をしている古龍のフーシンがあくびをしている。アイラはとりあえず挨拶をした。
「おはよ、シーカー! フーシンも久しぶり!」
「久しブリ」
フーシンは相変わらず喋るのがぎこちない。ルインはシーカーと一緒にいる時は喋らなかった。喋らなくても意思疎通ができたので喋る必要性を感じなかったらしい。だからフーシンも普段は人の言葉は話さないんじゃないかなとアイラは想像している。
「おはよう。朝早くから呼び出してすまないね」
「んーん。どしたの?」
「お土産を渡したくて」
「お土産?」
「そう、これ」
シーカーがフーシンよりさらに背後にあった大きな赤い塊をペシペシ叩いた。薄暗いのとシーカーしか見てなかったので気づかなかったが、かなりの巨体だ。
「なにこれ? トカゲ?」
「サラマンダーって魔物の死体。砂漠に住んでいて火を吐く魔物なんだけど、ここまで大きいのは珍しいから、お土産に狩ってきた」
「おぉ! サラマンダーの肉か!」
途端に目を輝かせたのはルインだ。
「ルイン、サラマンダー知ってる?」
「うむ。こやつは美味いぞ。独特な香りと味があってな、味付け要らずでそのままいくらでも食える」
「へぇー、ていうかシーカー砂漠に行ってたんだ?」
アイラが料理店を始める少し前にシーカーはどっかに行ってしまっていた。
また旅に出たのかなぁなんて思っていたけど、どうやら砂漠に滞在していたらしい。
「そう。ちょっと野暮用でね」
「ふぅん……」
アイラは近づいてサラマンダーの死体を見上げる。
トカゲの魔物は見たことがあったがサラマンダーは初めてだ。どんな味がするんだろう。大きいから食べ応えもある。見ているだけでわくわくする。
「これだけ大きいと、お店で出しても余裕そうだね」
「お店?」
「うん。あたし今共同キッチンでお店やってるんだ。食材が色々持ち込まれるから、それを使って料理出してるの。今日はこのサラマンダーを使った料理にしようっと! なに作ろうかなー。どんな味かなー。とりあえず解体処理して、焼いて食べてみよっかな。ぱぱっと解体しちゃうからさ、シーカーも一緒に食べようよ。キッチン、今なら人も少ないし」
「そうだね。ちょうど小腹がすいたことだし、そうさせてもらおうかな」
「やあったぁ! じゃあじゃあ、早速解体しちゃおう!」
アイラとルイン、シーカーとフーシン。
このメンバーで料理を囲うのも、『海神』討伐以来だ。
アイラは張り切ってサラマンダーの解体処理をした。肉以外にも魔石やら、火を貯めておく火嚢という内臓やら、あとは剥いだ後の皮やらが出てきた。
赤く輝く魔石はアイラの手よりも大きく、上等な代物だ。
「ねぇシーカー。この出てきた素材どうする? 持っていく?」
「邪魔になるからなぁ……」
「じゃあ、ギルドで買い取ってもらう?」
「そうしよう」
「オッケー。そしたら、先にギルドに寄ろっか」
「どうやって持っていく?」
「あ……」
シーカーに問われてアイラは固まった。
解体したもろもろは綺麗に分類分けして草の上に置いてあるのだが、如何せん持ち運ぶ手段がない。ルペナ袋は持っているのだが、魔石や肉はともかく内臓なんかを入れて持っていくわけにいかない。
「ギルドの職員さん呼んでくるから、ちょっと待ってて!」
アイラはバベルの中にとって返すと、一階にいた解体処理を請け負う職員の一人を呼び寄せ、シーカーたちの待つ場所へと戻る。
「おぉ……こりゃ随分綺麗に解体されてるな。俺らの出番がねえや」
「買い取ってもらえる?」
「もちろんだ。事務職員に話を通しておくから、カード見せてくれ」
「シーカー、冒険者カード持ってる?」
「あるけど、アイラのものにしちゃっていいよ。金貨はあんまり使わない」
「え、いいの? 結構な額になると思うけど」
「構わないよ。どうせお土産のつもりで持ってきたんだし」
随分豪華なお土産だが、ここでいくら言ってもシーカーは冒険者カードを出さないし金貨も受け取らないだろう。アイラの知るシーカーというのはそういう人物だ。
あまり都市に近寄らず、各地を放浪する彼は身軽を愛する。金貨を貰ったところで使い所がないし、邪魔になるだけ。使う時に稼げばいいという発想だった。
「じゃあ、ありがたくもらっちゃうね」
アイラは自身の冒険者カードを職員に見せる。職員は内容を移し取るとカードをアイラに返してくれ、「あとでギルドに寄って金を受け取るといい」と言い、肉以外の素材を持って行った。
「よぉし、お肉持ってキッチンに行こうよ」
アイラは肉をかき集めるとルペナ袋の中に入れてルインの鞍にくくりつけ、いそいそとシーカーの背中を押してバベルの内部へと入って行った。
塔内に入るなり、物珍しそうにシーカーが周囲をキョロキョロし出す。
「へぇ……塔の内部はこんな感じになったのか」
「シーカー、中に入るの初めて?」
「いや、初めてじゃないよ。ただ、門から入ったのは久しぶりかな。いつも上から直接用のある階に行くから……あぁ、転移魔法陣は元のをそのまま使ってるのか」
バベルの内部を行き来するには転移魔法陣の使用が必須だ。
そうでないと百一階建ての巨大な都市を階段で往復する羽目になってしまう。
一階にある転移魔法陣に乗り込み、二十一階の冒険者ギルドまで行き、そこからさらに転位魔法陣に乗って四十一階の共同キッチンに行く。
「アイラは転移魔法陣に乗るの、バベルが初めてだっただろ?」
「うん。ルインはシーカーと一緒に古代遺跡のギミックに使われているのを見たって言ってたけど」
「うむ。うっかり乗ったらシーカーと離れ離れになってしまったのだ。おまけに転移した場所が、水没した遺跡内でな……控えめに言って死ぬかと思った」
「あの頃のルインはまだ若かったから、どんどん進んで勝手にトラブルに巻き込まれてたね」
若くて落ち着きのないルイン、というのはあんまり想像がしにくい。
「子狐のルインはなかなか可愛かったよ。今よりもっとふかふかしていた。騎乗には向かないけどね」
「あたしも子狐のルインを抱っこしてみたかったぁ……!」
きっと抜群の肌感触だったに違いない。もっふもふのふっかふかだ。
そんな会話をしていたら、フーシンが小首を傾げながら問いかけてくる。
「シーカー、ふかふか、好き?」
「ん? そうだね、好きだよ」
「オイラ、ふかふかしてナイ……」
「フーシンのことも好きだよ」
フーシンは竜種らしく、鱗はつやつやぴっかぴかだ。そんなフーシンの細長い胴体をシーカーが撫でると、フーシンは満足したように長い髭を揺らした。
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