始まりの冒険者とホットな食材
バベルの西側には広大な砂漠が広がっている。
見渡す限り砂で覆われた乾いた大地。
容赦無く降り注ぐ太陽の光。
点在するわずかなオアシス以外には一滴の水すらない、文字通りの死の大地。
そんなゴア砂漠には、火山帯が存在していた。
ロヴォルグ火山帯と呼ばれるその場所は長らく立ち入りを禁じられており、一級冒険者といえども冒険者ギルドの許可なく探索することは不可能だった。
そして今、ギルドからの探索依頼を受けて火山へと足を踏み入れている人物が二人。
ーー正確には直接火山内に立ち入ったわけではなく、空中から様子を伺っていると言った方が正しい。
ゴア砂漠の上空を飛ぶ影。
一つは蛇のように長い体を持つ不思議な生き物、古龍の子供フーシンとその背にまたがった【始まりの冒険者】シーカー。
もう一つは全身から放電しているタヌキのような獣で、四肢に滑車のようなものがついている。これは雷獣と呼ばれるゴア砂漠特有の魔物だった。極めて凶暴かつ獰猛な性格の雷獣だが、うまく御せばゴア砂漠にてこの上もない頼りになる味方となる。
雷獣の上にまたがっているのは、日に焼けた肌に白っぽい金髪を短く切った人物。
ニーベル・フィルムディア。
フィルムディア一族の一人にして長子。【雷槍】の二つ名を持つ一級冒険者。
シーカーとニーベルは空中に横並びになり、ともに魔導具を使ってロヴォルグ火山帯の内部を観察していた。
高性能の魔導具があっても、火山の煙と熱とガスとに覆われた内部の様子ははっきりとはわからない。
だが、人ならざるシーカーの目には、そこにいる存在を視認することができた。
火口の中でうごめく巨体。
時折発される声すらも、シーカーの耳には届いている。
ひとしきりの観察を終えた後、魔導具を目元から外したシーカーが嘆息する。
「なるほど。大公に聞いていたけど実情はかなり酷いようだ。ことの深刻度は『海神』以上だろう」
「はい。かの火山帯はもはや、人の手に終えるようなものではありません。バベルの最高戦力を投入しても事態が収拾できる見込みはーーほぼゼロです」
「単純に戦える人間を揃えればいいってわけじゃないからね。討伐も封印も不可能だ。火山ごと壊すという手も使えない。……俺に依頼が来るのも無理はないな」
「シーカー殿がこうした依頼を引き受ける方ではないことは、我々とて重々承知しております。ですが……今一度、古の我らが先祖と共に『海神』を封印した時のように、助力を願いたいのです」
ニーベルの真摯な発言にすぐに返事はせず、シーカーはまっすぐに火山を見つめたまま顎に指を当てて目を細めた。
ロヴォルグ火山は絶えず爆発し、炎と岩石を吐き出している。付近には溶岩湖がいくつも生じ、粘度の高いマグマがうねりを上げていた。
耳を揺るがす爆音、炎と共に黒煙が立ち上る光景。まるで死後罪人が裁かれる地下世界ーー冥府のようですらある。この世のものとは思えない。
バベルの現大公ギルガメシュがロヴォルグ火山帯の問題を後回しにしていた理由がよくわかる。
人間は、いくら力を得ようとも、自然現象を制御することは不可能だ。
かつてシーカーが封印を手伝った『海神』も自然現象とほぼ変わりない力を有していた。
だからシーカーは力を貸した。
荒唐無稽な夢を実現しようと邁進するその男が眩しくて、ついつい力を貸してしまった。
シーカーは人外の力を持つ。だからこそ極力使わないようにしている。
しかし、この火山帯の現状は……。
結論を出す前に襲撃を受けた。
砂漠から炎の柱が噴き上がり、空中にいたシーカーたちを狙い打つ。
当然そんな攻撃に遅れをとるような二人ではない。
空中を旋回したニーベルとシーカーは、敵の姿を視認した。
「サラマンダー! あそこまで大型のものは初めて見た……!」
ニーベルの言う通り、そのサラマンダーは体長二十メートルを超えていた。
火を吹く魔物として有名なサラマンダーは通常体長五、六メートル。十メートルを超えるものさえ滅多にいないというのに、二十メートル。
しかも五頭いる。
「くっ……ロヴォルグ火山帯の影響か。シーカー殿、下がってください。ここは私が!」
ニーベルが槍を構えて叫ぶ。既に魔力を練っており、雷獣同様ニーベルの槍からも雷がバチバチと迸っている。
ふとここで一つの案が浮かんだ。
「待った。俺がやるよ」
「は……!?」
ニーベルの反応を待たずして、シーカーは指先に魔力を込め、ごく軽い動作で振るう。
大地が真っ二つに割け、砂粒が舞い、爆音が轟いた。
「…………!!」
ニーベルがしっかりと雷獣にしがみつき、顔を手で覆ってガードした。
シーカーはフーシンの背を軽く叩いて下降するように指示し、砂の大地に降り立つ。
もうもうと吹き荒れる砂塵がおさまった時、そこにあったのは気絶した五頭のサラマンダーの姿だった。腹を上にしてひっくり返った大トカゲの姿を前にして、シーカーは腰に手を当てて少し考える。
「サラマンダーの肉がこれだけ手に入るのも珍しいし、きっと喜ぶだろうな」
「なにをするつもりですか?」
隣に降りたニーベルが怪訝そうな顔をした。
「ん? なに、簡単な話だ。ーー食いしん坊な育て子たちに、お土産で持って行ってあげようと思ってね」
シーカーの脳裏には、眩しい笑顔でご飯を食べる人の子と神獣の姿がくっきりと浮かんでいた。
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