セイアお兄様はオーラがある
今日はお客さんの反応がいつもと違うなぁ、というのが営業開始すぐのアイラの感想だった。
出てきた料理を見て戸惑っている人が多い。だいたい七割くらいの人が海鮮丼を前にして固まっている。
エマーベルたちのように魚を生食する文化のない国出身の人たちなのだろう。
しかし残りの三割は「おぉ、海鮮丼か!」と喜んで食べており、そうした人たちが美味しそうに頬張っているのを見て皆おそるおそるスプーンに手を伸ばしていた。
そして一度口にするや、目の色を変える。
「うまい!」という声が方々から飛び、忙しなくスプーンを動かし、大盛りの海鮮丼はあっという間に空っぽになってしまった。
ゼリーもウケが良かった。
海の雫と虹色珊瑚という貴重な食材をありがたがって食べているというのもあるし、単純に甘さが控えめのあっさりしたデザートが男冒険者にも食べやすいというのもある。
なににせよ気に入ってもらえてよかったなと思いながら調理を続けた。
刻々と時間が過ぎていき、客の入りも良く、もうすぐ満席になろうかという時間になって見知った姿が扉から入ってくる。
全体的に緑色を基調としたその人物は、入ってくるなりキッチン中の視線を独り占めした。
「やあ、邪魔するよ」
穏やかな声とふわりとした微笑みが良く似合う彼は、言うまでもなくオデュッセイア・フィルムディアーーバベルを統べる一族の長男にして、アイラに本日の食材を提供してくれた人物である。
シーンと静まり返るキッチン内を悠々と歩き、テーブルの一角に座るオデュッセイア。共同キッチンのテーブルは長テーブルの両脇に椅子がいくつも並んでいる形なので、基本的に相席が前提だ。
オデュッセイアが座ったことによって、周囲の冒険者たちはあまりの恐れ多さにたじろいだのだが、当の本人は歯牙にもかけていない。
「私を気にせずどうか食事を楽しんでくれ」などと言っている。
もちろんアイラも、今更オデュッセイア相手に気後れなどしない。一時期はシングスなども交えて一緒に暮らした仲でもあるし、魔物討伐だってたくさんした。意識としては完全に仲間だ。彼は貴族である前にアイラの仲間である。
オデュッセイアはキッチンに首を伸ばし、エメラルドグリーンの瞳を好奇心で煌めかせながらアイラを見た。
「さて、なにを作ってくれたのかな?」
「ふふふん、見たらびっくりするよ」
アイラは早速準備にとりかかる。
オデュッセイアは細身だが、結構食べる。というより冒険者はすべからくみんなよく食べる。シングスやイリアス、シェリーなんかもよく食べる。
そしてオデュッセイアは何よりも甘味が好きなのでデザートを二人前出すことにした。食材を提供してくれたお礼だ。
アイラが料理を素早く準備し、エマーベルが指示を出す。
「クルトン、オデュッセイア様に持って行ってください」
「いっ? わ、わかった」
配膳を命じられたクルトンは緊張した面持ちだ。
「お待たせしました、日替わり定食です」
「おぉ!」
クルトンがガチガチに強張りながら運んだ日替わり定食を見て、オデュッセイアは喜びの声をあげた。
「海鮮丼とゼリーにしたのか」
「そ。自分達で採ったレモラとマッドクラブも追加したの」
「なるほど、これは美味しそうだ」
「セイアお兄様はお刺身平気なんだ?」
「当然だ。新鮮な魚は刺身で食べるのに限る」
オデュッセイアはいそいそとスプーンを手にとって海鮮丼を頬張り出す。丼ものだというのに実に上品な食べ方だ。
「切り方が上手いから味もより際立っている。酢飯との相性もいい。いい海鮮丼だな」
「食材も料理人の腕もいいからね!」
謙遜しないアイラは、オデュッセイアにそう返答した。
「ゼリーはさっぱりしているが、虹色珊瑚の甘さを引き立てている。私としてはもっと甘くてもいいところだが……これはこれで口の中が爽やかになっていい」
オデュッセイアの甘いもの好きは筋金入りだとシングスに聞いていた。紅茶に砂糖をじゃぶじゃぶいれ、生クリームたっぷりのケーキを食べるのだとか。
「セイアお兄様を満足させるくらいの甘いデザートを出したら、他のお客さんが胃もたれ起こしちゃうだろうからさ」
「そうか? ……まあ、シングスにももう少し控えろと言われたし、そうかもしれない」
オデュッセイアは納得したように頷き、ぺろりとデザートのゼリーも綺麗に平らげた。
「ご馳走様。邪魔をしたね」
「もう帰るの?」
「私がいては、落ち着かない者もいるだろう」
オデュッセイアはちらりと周囲に視線を走らせる。確かに視線の先を辿ると、特にオデュッセイアの近くに座っている冒険者たちは先ほどから食事の手が止まっている様子だった。
イリアスやシングスがきた時はもっとこぞって姿を見ようと首を伸ばしたり握手を求めたりしていたし、二つ名持ちのルークやバイジャンの時ももう少し賑わっていたのだが、その時とはまた違う緊張感のようなものがキッチン中を満たしている。
「セイアお兄様ってオーラあるんだね」
「これでも一応、バベルの統括を担っているからね」
アイラの素直な言葉にオデュッセイアは眉尻を下げて苦笑を漏らした。それから右手を上げて軽く振る。
「美味しかったよ」
「また来てね!」
アイラの言葉に笑みを返すと、緑色の長髪を打ち振ってキッチンから立ち去った。
途端に周囲の空気が和らぐ。
「……オデュッセイア様だったな……」
「ああ、オデュッセイア様だった……」
「いい匂いしたな……」
「俺も匂いに気を遣おうかな……」
自分の体臭を確認する冒険者までもが出てくる始末。
クルトンが空いた食器を下げ、キッチン台に手をつき息を吐いた。
「緊張したあ……」
「料理運んだだけで?」
「なんか粗相があったらどうしようって思うだろうがよ」
「セイアお兄様は些細なミスなんて気にしないよ」
たとえ料理を顔面にぶちまけられようともさほど怒らないだろう。アイラだったらめちゃくちゃ怒るけど
(食料を無駄にするのは許せない)。
セイアお兄様は他人のミスにいちいち目くじらを立てるようなみみっちい人物ではない。しかしクルトンは顔色悪く心臓の辺りを押さえている。エマーベルが叱咤した。
「さ、何事もなかったわけですし、切り替えていきましょう。他のお客様が待ってますよ。この料理は六番卓に運んでください」
「! おう」
リーダーの声かけによって気を取り直したクルトンが、差し出された料理を指定のテーブルへと運んでいく。その他のメンバーにもテキパキと指示を出し、場の雰囲気は再び引き締まった。
本日の日替わりメニューも盛況で、この日の営業もつつがなく終わりを迎える。
みんなで営業後の腹ごしらえをしながら、アイラはじっとエマーベルを見た。
「……な、なんですか? そんなに見つめて……」
「エマーベル君がリーダーやってる理由がなんとなくわかったかなーって」
「はぁ……」
「指示出し上手いよね。全体を良く見てる証拠だね。あと気持ちの切り替えも上手だし。やっぱいつまでも引きずってると、良くないよね!」
シェリーが手を叩いて喜んだ。
「そうそう! 私たちのリーダーの良さに気がつくなんてさすがアイラちゃん」
「おう。俺らのリーダーはエマしかいねえよ。なあ、ノル」
「ああ。こいつがいたから俺たちはバベルまで来れたんだ」
「急に一体、どうしたって言うんですか。褒めてもなにも出ませんよ」
「いいのいいの」
「いいからいいから」
ご機嫌な顔のパーティーメンバーに見つめられ照れ臭そうにしているエマーベル。
ルインは料理の皿から顔を上げ、首を傾げてアイラを見上げた。
「コイツら、なんだか知らんが楽しそうだな」
「うん。仲良いんだよ」
「そうか、それはいいことだ」
よくわかっていないルインは、したり顔でそう言うと再び食事を再開した。
営業後の共同キッチンは和気藹々とした雰囲気に包まれていた。
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