久々の探索①
「おはようございます、アイラさん」
「おはよ、エマーベル君」
「……今朝も誰かが来ていたようですね」
「うん。セイアお兄様」
「……本当にオデュッセイア様までもが食材を持ってきたんですか……」
昨日シングスが言っていた通りの展開に、もはやエマーベルは驚きを通り越して乾いた笑いを漏らしている。
棒立ちしているエマーベルを追い越してシェリーが木箱へと近寄ってきた。
「それで、一体何を持ってきたんですかぁ?」
「海の魔物と海の甘味だよ。ほら」
アイラがぱかっと木箱の蓋を外して中身を見せる。
「シーサーペントとデビルサーモン、虹色珊瑚と海の雫だって」
「わぁ、初めて見ましたぁ。虹色珊瑚きれーい」
「どれどれ。海の雫っつうのは初めて見たな」
シェリーの背後からノルディッシュが顔を覗かせた。
「シーサーペントとデビルサーモンはまだ獲れたてて新鮮だから生食できるって」
「おー、生食! そりゃ珍しい」
「俺は生食はちょっと……」
顔を青ざめさせているのはクルトンだ。
「こいつ昔、生魚食べて当たったことがあるんだよ」
ノルディッシュの補足にクルトンはどんより暗い顔で頷いた。
「全員で食べたのに、俺だけ腹下して……もう二度とあんな思いはしたくない」
「それはしんどいけど、そうそう何度もあたらないでしょ。セイアお兄様が持ってきてくれたってことは鮮度抜群なはずだし、大丈夫だよきっと」
「確かにオデュッセイア様のお墨付きなら大丈夫か……よし、俺、食ってみる」
クルトンは若干不安そうながらも、なんだか覚悟を決めた顔つきで頷いた。
「こちらの虹色珊瑚と海の雫はどう使うつもりですか?」
「まだ考え中」
アイラは虹色珊瑚を手にとって端をぽきりと折って口に含んでみた。
表面はやや硬いが、噛み砕くと中は瑞々しく、甘いシロップがジュワッと口の中に広がる。面白い食感の食材だった。これは加工するよりもこのまま飾りとして使いたい。
「海の雫はどんな味かな」
液体なので、ほんの少しスプーンに垂らして味見をする。
こちらは甘味はあってもさっぱりとした味わいで、喉ごしがいい。爽やかな海の香りが鼻から抜けた。
「んん……これはゼリーにするといいかも」
透明感のある青い色味はゼリーにするのにピッタリだし、味もゼリー向けだ。
「とすると、今日はあれが必要かな」
「買い出しに行きましょうか?」
アイラが味見をしつつ本日のメニューを考えていると、エマーベルがそう提案してくる。
「買い出しもいいんだけど、今日のメニュー的に仕込みにそんなに時間がかからないから、自分達で取りに行ってもいいかなって」
今日作るメニューは海鮮丼とゼリー。
海鮮丼は米を炊いて酢飯を作り、食材を薄切りにすればいいだけだし、ゼリーもさほど時間がかからない。
ならばせっかくなので、余った時間を活用して必要な食材の一つを取りに行ったらいいのではないかとアイラは考えていた。
アイラはエマーベルを、そしてシェリー、クルトン、ノルディッシュを順番に見つめた。
「ねえ、みんなって泳ぐの得意?」
「泳ぎ……ですか。できなくもないですが……」
エマーベルは歯切れの悪い回答をし、クルトンがポリポリと頭をかく。
「……土魔法は水中だと相性悪いから、水辺のフィールドでの探索はあんまり行かないんだよな、俺たち」
「そもそも俺は装備が水中探索向けじゃないしな」
ノルディッシュが両手を広げて自身の姿を見下ろす。確かにノルディッシュは甲冑を装備しているので、水中では動きにくいだろう。
「でもぉ、私の魅了魔法なら水中でも使えますよっ! パーティー内で一番泳ぎが得意な自信もあります!」
シェリーは元気に手を上げてそう発言してくれた。
「よし、そしたら泳げる人はあたしと一緒に水中探索、泳げない人はルインと一緒に釣りか浜辺で魔物討伐って感じでどうかな?」
「それなら役割も分担できていいですね。ところでアイラさんは一体なんの食材を取りに行こうとしているんですか?」
「花藻っていう、ゼリーを作る時に使う海藻だよ。前に海に潜った時そこら辺に生えてたから、あんまり苦労しないで採って来れると思うんだ。まあ、魔物は出るから注意は必要だけど」
エマーベルの質問にアイラはよどみなく答える。
花藻は透明感のあるゼリーを作るのに不可欠な材料だった。
海中を揺蕩っている時は薄桃色の海藻で、刻んで熱を加えると無味無臭無色透明な液体に変化し、冷ますと再び固まる性質がある。
この性質を利用してさまざまな食材を固めるのに使うのだ。
「沖に出るわけでもないし、パッと行ってパッと採って来よう」
「私、海初めてです。楽しみぃ!」
シェリーは弾む声を出しながらぴょんぴょん跳ねている。
「僕も海藻採取くらいならお役に立てるかと思います。補助魔法でしたら海中でも使えますし」
「俺は顔面がこんなんだから釣りしてるかな……」
「それなら俺も釣りにしよう。釣り竿、どっかから調達してこねえと」
相談の結果、海中での花藻採取はアイラ、シェリー、エマーベルが担当し、釣りはクルトンと顔面に大怪我を負っているノルディッシュが担当することになった。
「水中で呼吸できる補助魔導具が必要になるね」
「一時的に呼吸できればいいのでしたら、魔法薬でも代用できますよ」
アイラがボニーのところへ行ってまた魔導具を貸してもらおうかと考えていたら、エマーベルがそう提案してくれた。
「複数人で利用するなら魔導具より魔法薬の方が安く済みます。買ってきましょうか?」
確かに、魔導具が人数分あるかどうかわからないし、そもそも貸してもらえるとも限らない。以前ボニーはアイラに水中で呼吸可能な魔導具を貸してくれたが、あれはボニーがアイラに水中の素材採取を依頼したからだった。
今回はちょっと無理かも。そもそも魔導具のレンタルはやってない気がする。
アイラはエマーベルの申し出にありがたく乗っかることにした。
「ありがと、よろしく」
「じゃ、私は水中で行動しやすい格好に着替えてきますぅ!」
「俺らは釣り道具を調達しに行くか」
「そうしよう」
エマーベルは魔法薬を買いに、シェリーは着替えに、クルトンとノルディッシュは釣り道具を調達しに去っていく。
「じゃ、あたしはルインを起こしに行こうかな」
未だ部屋で寝ているであろうルインを起こしに、アイラはオデュッセイアにもらった食材の木箱を保存用魔導具箱の中に収納してからキッチンを出た。
階段を上って自室へ入ると、そこには未だ眠りこけているルインの姿が。
お腹を上にして、幸せそうな顔をしている。きっとまた、何かを食べている夢を見ているのだろう。ルインは大体そんな感じだ。
アイラは部屋を一歩で横切るとルインのそばにしゃがみ込み、もふもふな巨体を揺さぶった。
「ルイン、起きてー。探索に行くよ」
「ふがが……」
「ルーイーンー」
「……うぬぬ……やはり丸焼きは美味い……」
「ルインッ!!」
「うおっ!?」
全く起きないルインに痺れを切らし、とうとうアイラが大声を出すと、ビクッと体をこわばらせたのちに素早く反転してから起き上がる。
「うぬっ!? 何だ!? 起こしに来るとは珍しいな」
「急だけど探索に行くことになったの」
「なるほど」
叩き起こされたルインは、気持ちを落ち着けるべく四つ足を揃えて座り込むと、アイラを見下ろした。
「どこへ行くのだ」
「海」
「何?」
「海だよ。パルマンティア海に花藻を取りに行くの」
「……うみ、だと……?」
水嫌いなルインは前回パルマンティア海で起こった出来事を思い出し、座ったまま石像のようにぴしりと硬直をした。
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