緑のお兄様と海の幸
自室のベッドの上で目が覚める。
バベルで暮らし始めてから、半年ほどが経とうとしていた。
探索に出ていたりとバベルにいないことも多かったが、それでも拠点があるというのは安心する。自分たちだけの部屋があるというのは贅沢だし、魔物や盗賊の襲撃の心配なく眠れるというのはありがたいし、都市内では見知った顔も増えてきたので声をかけられることも多い。
しかも最近では、声をかけられるだけではなく、色々な食材をもらえるのだ。
バベルに来てから色々な地域へ探索に出かけているが、まだまだアイラが知らない食材がごまんとある。それを見たり知ったりするのが楽しかったし、調理するのも楽しみだ。
ベッドから身を起こして見下ろせば、床ではルインがあいかわらずだらしのない姿勢で眠っていた。鼻ちょうちんまでこさえている。探索中のキリリとした様子とのギャップがすごい。
起こすのもかわいそうなのでそのままにして、そーっと身支度を整えて部屋を出た。
冒険者はあまり朝が早くないようで、この時間に廊下を歩いていて誰かに出会ったことはない。
かくいうアイラも、予定のない時は起きる時間を意識しないため、昼過ぎに起きたりした。
今日は何を作ろうかな、と考えながら一つ下の階におり、共同キッチンの扉を開いた。
「やあ、お邪魔しているよ」
そこで目にしたのは、貴族然とした衣服をした、緑色の長髪を持つ美丈夫。
「セイアお兄様だ。おっはよー」
フィルムディア一族の長男、オデュッセイアである。
アイラはキッチンの中に入ると、オデュッセイアの前の席に腰を落ち着けた。
「今日はお兄様の番なんだね」
「今日は、とは?」
「昨日はシングスとイリアスが来たし、その前はフレイとヘルマンが来たし、そのまえはルークとバイジャン、ノエルが来たんだよ」
指折り数えて来訪者を挙げていくアイラにオデュッセイアは目を丸くし、次いで苦笑を漏らした。
「なるほど。君は随分と人望があるな。都市を統べる一族の人間として、あやかりたいものだ」
「セイアお兄様のほうが人望あるでしょ?」
「どうだろうな。私はさほど表には出ないから……シングスの方がよほど顔が広い」
「昨日来た時も、みんなと握手したりしてたよ」
昨日共同キッチンを訪れたシングスの様子を思い出しながらアイラは言う。
シングスは瞬く間に冒険者たちの視線をかっさらい、虜にしていた。
食事中はおとなしくしていた冒険者たちだったが、シングスの食事が終わるや否や彼女に話しかけようと殺到していた。
隣にイリアスが座っていて睨みを効かせていたせいか、無茶苦茶な押しの強さは見せなかったが、それでも一言話しかけたり握手を求めたりとちょっとした騒ぎになっていた。
シングスはそんな冒険者たち相手に嫌な顔一つ見せず、一人一人に丁寧に応じていた。
シェリーはシングスの態度を見て「これぞまさにアイドルの鑑ですぅ!」と目を輝かせていた。そして自分もちゃっかり握手してもらっていた。
「ともあれ、私がここに来た理由は、他でもない。開店祝いに食材を持ってきた」
置かれた木箱からは磯の香りがする。アイラは期待に胸を膨らませた。
「もしかしなくても、海の幸?」
「御明察」
オデュッセイアは手ずから木箱の蓋を開ける。
中には青白く透き通った、細長い何かの体が綺麗に折り畳まれて入っていた。
「わー、きれー。なんの魔物?」
「シーサーペントという海蛇だ。ケートスがいなくなってから海に戻ってきたようだったから、捕獲した」
「へぇ」
「それからこっちも」
下の箱には、まるごと魚型の魔物が入っている。毒々しい色合いの鱗を持っていて、箱に入っていてなお、こちらを鋭く睨みつけてきていた。
「デビルサーモンだ。新鮮だから、生食が出来る。生のまま海の魚を食べられるのは久々だから、きっと皆驚くだろう」
「シーサーペントも生で食べられる?」
「もちろん」
「やった、じゃあ今日は海鮮丼にしよっと!」
そういえばパルマンティア海に繰り出した時、ルインが海鮮丼を食べたがっていた。あの時はちょうどいい獲物が手に入らず結局食べずじまいだったが、これならばぴったりだ。ルインも喜ぶに違いない。今日はまたエマーベルたちにお米の買い出しを頼もう。
「それからこっちが甘味なのだが」
「海に甘味があるの?」
「あるのだ。見てごらん」
オデュッセイアはさらに積み重なった木箱の蓋を開けると、美しく虹色に輝く珊瑚と青い液体が入っていた。
「虹色珊瑚と海の雫。どちらも静かな海に生息しているのだが、やっとパルマンティア海にも戻ってきた。味については保証する」
「セイアお兄様がそう言うならおいしいんだろうね」
アイラは、かつてオデュッセイアが教えてくれた幻の花シルフィウムから採取した蜜の味を思い出した。あれはアイラの人生でもトップを争うほど美味しい甘味だった。ちなみに不動の一位は、シーカーに作ってもらったスライムの氷飴だ。
ただただスライムを凍らせただけのデザートなのだが、死にかけて以来初めて口にした甘味があれだったので、アイラの中で忘れられない味となっている。
やっぱり子供の頃の記憶というのは強烈に残るものだし、空腹は何よりのご馳走だなぁと感じていた。
それはともかくとして、虹色珊瑚も海の雫も見たことのない食材なので心が躍った。
それにしても、とアイラは瓶の中に入っている液体をしげしげと見つめて疑問を発した。薄青色の液体は綺麗なのだが、アイラにはただの海水にしか見えない。
「……これってただの海水じゃないの?」
「海水とは違うんだ。海底に塊で沈んでいるんだが、海から引き上げると液体状になる。結構深いところにある上にシーサーペントの好物だから引き上げるのに少々難儀するが、その分味の保証はするよ」
「へぇぇ。面白いものがあるんだね」
「海は食材の宝庫だ。交通の要でもあるし、『海神』が討伐できて本当に助かった」
オデュッセイアは組んでいた足をほどくとおもむろに立ち上がる。
「では、料理の出来上がりを楽しみにしているよ」
「うん、待ってて。とびきりおいしいもの作るから!」
去っていくオデュッセイアの背を見送り、この食材で何を作ろうかなとあれこれと考えを巡らせた。
1/30書籍2巻発売&ライコミにてコミカライズスタートします。
コミカライズのページにて告知漫画が読めますので、ぜひどうぞ。
カナイミズキ先生による漫画は、料理が美味しそうなのはもちろん、原作の十割増しもふもふ要素が増えています!
【コミカライズはこちらから↓】
https://comicride.jp/series/1169e5ea878d7
【書籍情報】
https://gcnovels.jp/book/1808






