双子とフェーレ大渓谷の幻の食材①
「やっほう、アイラちゃん。久しぶり!」
「僕は『海神』討伐以来だな」
翌朝キッチンに出かけると、案の定人がいた。
もはや恒例の光景となっていつつあるのでアイラも別に驚かず右手を上げて挨拶をする。
「やっほ、今日はシングスとイリアスなんだね!」
「今日はってどういうこと?」
「キッチンでお店やるようになってから、日替わりで誰かが食材の差し入れに来るんだよ。初日はルークとバイジャンで、昨日はフレイとヘルマンだった」
シングスの問いかけにアイラがそう指折り数えて答える。
「へぇ、さすがアイラちゃん! 引退しても食材確保に苦しむことがないね」
「シングス、その情報は間違ってる。アイラさんは引退したわけじゃなく、他の冒険者に頼まれて期間限定で共同キッチンで料理を振る舞うことになっただけだ」
「そうなんだ。さすがお兄、よく知ってるね!」
「二人は何か食材持ってきたの?」
アイラはシングスとイリアスの足元に積み上げられた木箱を眺めた。
今日はどんな食材に巡り合えるのだろう。
「そうなの。見て、アイラちゃんのためにお兄と一緒に揃えたこの食材たち!」
シングスが木箱の蓋を外すと、そこにはアイラにとっても見覚えのある食材たちがぎっしりと詰め込まれていた。
キラキラ輝く黄金色の林檎に、硝子のように透き通った瓜、そして可憐な花と蜜袋をつけている植物。
「これもしかして、フェーレ大渓谷の三大珍味……?」
「そ。ぜーったいにアイラちゃんが喜ぶと思って、頑張って獲ってきたんだよ」
「これだけだと店でやるにはボリュームが足りないだろうから、肉も獲ってきた。フェンネルという、狼型のハーブ系魔物の肉だ。生食は危険だからしっかりと火を通してから提供してくれ」
「あとね、低級魔物なんだけど、口当たりが面白いソーダスライムも狩ってみたの」
「うわぁ、本当だ! 二人ともありがとう……!!」
木箱に詰まった食材たちの豪華さがすごい。アイラは木箱に頬擦りしたい気持ちになった。
「前は探索中に調理して食べたけど、今回はバベルにいるからもっと料理の幅が広がるはず! お料理するの楽しみ〜」
「私もアイラちゃんの料理楽しみにしてるから」
「兄上も何か持参すると言っていたから、そのうちここを訪れるだろう」
「セイアお兄様も? すっごい珍しいもの獲ってきてくれそうだね」
「まだ『海神』討伐の後始末に追われているから、きっと海の幸を持ってくる」
「へぇ、楽しみ! でも今はこの三大珍味とフェンネルのお肉だね。二人とも本当にありがとう」
「夜の営業、楽しみにしてるから。じゃあね」
シングスは愛想の良い笑みを、イリアスは相変わらずにこりともせずにキッチンから立ち去った。
ものの数分もせずにキッチンの扉が再びバァンと開き、興奮した様子のシェリーが入ってきた。
「……ねえねえアイラさん! 今もしかして、シングス様来てましたかぁ!?」
「来てたよ。見てこれ! フェーレ大渓谷の三大珍味と、ハーブ系魔物のフェンネルのお肉もらっちゃったんだ」
「わっ、すごぉい! さすがはシングス様……!」
木箱の中を見たシェリーが驚きの声をあげる。
「はぁ、私もいつかはシングス様のようなアイドルになるんだぁ……!」
「うん、がんばって」
シェリーは人あたりがいいし努力を怠らないタイプなので、本当にいつかはシングスのようになれるかもしれない。
どやどやと入ってきたエマーベルたちも、扉の方を見つめていた。
「今、シングス様とイリアス様がいましたよね……?」
「食材持ってきてくれたんだ」
「またか……アイラさん人望がすげぇなぁ。にしても、まさか二回も間近で顔を見る機会があるとは思いもよらなかったぜ」
「二回も?」
クルトンが怪訝そうな顔をすると、ノルディッシュが頷く。
「実はお前がジャイアントドラゴンに串刺しにされて治療所で寝ている時、ギリワディ大森林で二人に会ったんだ」
「そうなのか?」
「ああ。ココラータの実を採取した帰り道に急に現れてな。俺たちはまるでわからなかったが、アイラさんとルインさんは気配を感じ取っていた」
「おぉ……さすがはアイラさんたちだな」
「シングスもイリアスもいい人たちだよね。ってかみんな食材たくさん持ってきてくれて、いい人! よし、早速料理に入ろうっと」
「今日は何か買い出しありますか?」
「うーんと……バターとアル粉、デア粉をお願いしよっかな」
「わかりました、行ってきます」
「俺も行くぜ」
「俺もだ」
男性陣が買い出しに出かけ、残ったのはアイラとシェリーのみ。
「じゃあ、この木箱をキッチンの方に持っていこっか」
「はい!」
シェリーは木箱に入った食材を、まるで貴重な宝物でも扱うかのように慎重にキッチンまで運ぶ。
「いつにも増して丁寧だね?」
「シングス様が持ってきてくださった食材、絶対に無駄にできませんから……!」
「確かに、貴重な食材たちだしねー」
フェーレ大渓谷の三大珍味はアイラも探したことがあったが、渓谷の端から端へと移動する必要があるため結構大変だった。
しかも今回は、店で使えるようにと量がものすごい。
これだけの量を、しかも短期間で獲ってくるのはとても大変だっただろうに、二人とも何も言わなかった。
二人の実力については重々承知していたが、改めて考えるとやっぱりすごいなぁと思った。
「一欠片も無駄にしないで調理しないとね」
アイラの腕の見せ所だ。
「とりあえずはお肉の下処理からかな」
買い出しをお願いしている材料が揃うまでに、できることをやっておく。
フェンネルというのがどんな魔物なのかアイラは見たことがないのだが、こうして解体されたものを見ると、肉質としては赤みが多くしっかりとした硬さのある肉なのだなと感じる。
ハーブ系魔物特有の魔物の体から生えている植物は、細かくてふわふわした黄緑色の葉と、玉ねぎのようなまるい株とがある。
鼻を近づけると甘さとスパイシーさが混ざったような独特の香りがした。
「この株、どんな味なんだろ?」
少し切って食べてみると、シャキッとした食感はセロリのようだった。
「生でも美味しそうだけど……炒めた方がいいかな? よぉし、やってみようっと」
気になったら試すのがアイラのモットーだ。
さっそく切ったフェンネルの株をフライパンで焼いてみる。
バターでソテーしたら、白くて少し透き通った見た目に仕上がった。
「シェリーも一つどうぞ」
「ありがとうございます!」
二人でお皿に並んだフェンネルのソテーをフォークで刺して口に運んでみる。
シャクッとした食感はそのまま残っているものの、火を通したら甘みが増して食べやすくなった。
「ん、おいしー」
「あふっ。……でも確かに、美味しいですねぇ」
はふはふしながら食べているシェリーにもそう言ってもらえたし、ソテーで出すことにしよう。
「葉っぱ部分はお肉にすり込んで、味を染み込ませておこうっと」
ハーブ系魔物のいい点は、葉っぱと肉の相性がいいことだ。
この香りのいい葉を肉にすりこみ寝かせておけば、営業時間までにきっと美味しくなるはず。
「楽しみ楽しみ〜!」
まかないと称して自分の胃袋に入るその時を楽しみに待ちつつ、アイラは肉の下ごしらえに勤しんだ。
「何やら食欲をそそるニオイがするな」
「ルイン、おはよ! 今日はちょっと早めだね」
「うむ。目が覚めた。それで、このニオイはなんだ?」
「たぶんフェンネルの葉っぱじゃない?」
アイラは葉の一つを手にとってルインの鼻先に近づける。
「おぉ、これだな。甘くて香ばしいニオイがする」
「ハーブ系魔物の葉っぱだよ。今朝イリアスとシングスが届けてくれたんだ」
「いりあすとしんぐす……?」
「ヴェルーナ湿地帯で一緒に魔物を狩った二人組だよ。イリアスが水色っぽくて、シングスはピンクっぽい感じの」
「あの二人組か」
人の名前を覚える気がまるでないルインは、外見や仕草の特徴などで記憶をしている。イリアスとシングスの二人のことは、色味で認識しているようだった。
シェリーがおそるおそる、といった風にルインに問いかける。
「あのぉ……私たちのことは、どう覚えてるんですかぁ?」
「む? お前たちは……四人でひと組になっている、茶色い奴らだな」
「茶色い……け、けっこうカラフルだと思うですけどぉ! ほらっ、特に私の衣装とかっ!」
「頭の色がみんな茶色だろ」
「えええぇ……」
「ごめんねシェリー。ルインってば、いつも誰に対してもこんな感じだからさ……」
「色味が統一されているニンゲンほど覚えやすい。緑のとかな」
「み、緑って誰ですか?」
「セイアお兄様のことだよ。えーっと、本名はたしか、オデュッセイアさん」
アイラ自身もオデュッセイアのことはシングスの真似をして「セイアお兄様」と呼んでいるため、本名がうろ覚えだった。なにしろ名前が長くて呼びにくい。
シングスが目を剥いた。
「オデュッセイア様のこと、二人ともそんな風に呼んでるんですかぁ!? お、恐れ多すぎます!!」
「話してみると気さくでいい人だよ。家とか建ててくれるし」
「家!?」
「うむ、あやつはいいニンゲンだ」
「……わ、私たち、アイラさんと最初に出会えてラッキーでしたぁ……」
「そう? あたしもラッキーだったと思ってるよ。あの時シェリーたちがいなかったら、ココラータ捕まえるのにもっと苦労してたと思うし」
「もう一度食べたいな、ココラータ」
「今度採りに行こうか。シェリーも行く?」
「あ、は、はい! 喜んで!」
「よかった。落とす量がすごいから、人手があった方がいいんだよね」






