酒場の店主のお願い
「……そういうわけで、アイラさん。今度この共同キッチンに子供たちを見学させに来てもいいかな」
共同キッチンにやって来たロッツは理由を語って聞かせた後、アイラにそう質問をした。アイラはあっさり頷いた。
「もちろんいいよ」
断る理由がどこにもない。
エマーベルは額を抑えてバツの悪そうな顔をしている。
「市場でそんなことが……買い占めはいけませんでしたね。悪いことをしてしまいました」
「いやいや、いいんだよ。酒場には必要数は卸してもらっている。今回たまたま足りなくなりそうだったからオルトに買いに行ってもらったんだ。別に買えなかったとしても、大した問題にはならない」
「それならいいんですが……その子には申し訳なかったです」
「オルトはちょっと頑固なところがあるから」
ロッツは眉尻を下げて苦笑を漏らす。
「営業の邪魔にならないよう、ちょっと見て回ったら帰るよ」
「せっかくだから食べていったらいいんじゃない?」
「いやいや。一食金貨一枚と聞いている。さすがに人数分の支払いができる蓄えはない」
確かに言われてみれば、以前アイラが子供たちに会いにいった時も結構な人数がいたわけだし、全員分の支払いはできないだろう。
「じゃあ、明日の夜にでも来るよ。うるさくしないで静かに見学するようにするから」
「わかった、待ってるね」
「ああ」
伝言だけ残したロッツはさっさと立ち上がって去っていく。
エマーベルがアイラをちらりと見た。
「子供たちっていうと、以前アイラさんはカラフルベリーのココラータがけを振る舞っていましたよね」
「そうそう。みんないい食べっぷりで、見ているこっちまで嬉しくなっちゃったな〜。本当はお子様ランチでも作ってあげたいところなんだけど、他のお客さんの料理も作んなきゃだし、ちょっと今回は難しいね」
店という体裁でやっている以上、子供たちの分だけタダで振る舞うわけにもいかない。
そういうのは今度、子供たちが住んでいる四十階に行って作ってあげようと心に誓う。
「じゃ、明日は営業に加えて子供たちが見学に来るってことで……ますます張り切って料理しないと」
石匣の手のみんなもこれに同意する。
「そうですね」
「子供たちの前でいいとこ見せないとな!」
「ファンになってくれる子がいるかも!」
「俺はこの包帯巻きの顔が怖がられないだろうか」
ノルディッシュだけは自分の顔面にいまだ巻かれたままの包帯を触りつつ、そんな懸念を漏らしていた。
*
「明日、順番に四十一階の共同キッチンでアイラさんがやっているお店の見学にいくよ」
四十階の居住区域に戻ったロッツは、夕飯を食べていた子供たちにそう告げた。
突然のことに子供たちはキョトンとしている。
「……アイラさん?」
「四十一階?」
「共同キッチン?」
「お店……?」
ロッツは子供たちにわかりやすいように話を続ける。
「アイラさんは、前にみんなにカラフルベリーのココラータがけをくれた赤毛のお姉さんのことだ。アイラさんは料理上手だから、いろんな冒険者さんに頼まれて、料理を作って出しているらしい。せっかくだから見にいこう」
「あぁ、あのお姉ちゃん!」
「カラフルベリー、おいしかったよねぇ!」
「ココラータもう一回食べたいなー!」
「お姉ちゃん、お店やってるんだ! すごーい!」
アイラが誰なのかがわかって、がぜん場が沸いた。
わいわいと思い思いに子供たちが喋り出し、収拾がつかなくなる。
ロッツは声を張り上げた。
「店では、騒がない、はしゃがない、そして食べているお客さんの邪魔をしないこと! わかったかい?」
「「「「はーい!!!」」」
全員の声が唱和する。
「よしよし。まあ、普段お店で働いてるお前たちなら大丈夫だと思ってるよ」
そこでロッツは、テーブルの端に座っているオルトに目をやった。
オルトは他の子供たちとは異なり、ぶすっとした顔で夕食の豆煮込みを見つめている。隣に座るモカに、
「なんでそんなに不機嫌なの?」と聞かれていた。
卵が買えなかったことを未だに腹に据えかねているのだろうか。
何にしろ、見学をすればきっと考えも変わるだろう。
酒場の仕事は子供たちの負担になりすぎないよう、交代制で行っている。
そんなに何時間も働かせるわけにはいかないからという配慮だ。
だから全員が見学できる。アイラにもすでに了承をもらっているし、グループごとにかたまって行けばいい。
行き方も、二十一階のギルドから直接転移魔法陣で行けるから迷う心配もなかった。
「よし、じゃあ、見学するグループを決めていくぞ」
ロッツは子供たちを何組かのグループに分け、明日の見学の準備をするのだった。






