トロッと煮込んだ銀獅子の角煮丼②
そうして一時間後に迎えた、開店時間。
最初にやってきたのは、先ほどのルールを守らない冒険者……ではなかった。
「ほっほ。失礼するのう」
「よぉアイラ」
「ヘルマンさんにフレイ! いらっしゃい」
ヘルマンとフレデリックが真っ先にやってきてキッチンに一番近いテーブルへとつく。
アイラはキッチンのカウンターごしに二人に話しかける。
「随分早く来たんだね。一番乗りだよ」
「銀獅子がどのような料理に変貌したのか、早う見たくてのう」
「フレイも?」
「俺は付き合わされているだけだ」
「何を言う。お前さんだって捕縛に一役買ったんじゃ。来るのが当然と言うものじゃろう」
「…………」
ヘルマンの言葉にフレイはなんだかぐったりとした様子だった。
強行軍で銀獅子を狩りに行ったから疲れているのかもしれない。アイラはフレイに一際明るく声を掛ける。
「まあまあ、フレイ。そんな顔してないで、食べてみたら『来てよかった〜』て思うからさ」
「お前はいつでもどこでも元気だし楽しそうだよな」
「うん。なんでも楽しまないと損じゃん」
死にかけの目には何度も遭っているが、それ以上に楽しいことがたくさんある。
アイラはいつでも今を楽しむタイプの人間なのだ。
エマーベルたちは他の客を案内して、それぞれが注文を取って戻ってくる。
ヘルマンのことをチラチラと横目で伺っているから、きっと彼のことも知っているのだろう。勉強熱心ですごいなぁと思う。
アイラは食材のことならばともかく、バベルにいる冒険者のことはわからないのでエマーベルたちの知識の深さには脱帽するばかりだ。
アイラはとりあえずヘルマンとフレイに丼を提供する。
「はい、どうぞ。『とろっと煮込んだ銀獅子の角煮丼』だよ!」
「おぉ、うまそうじゃのう」
「でしょ? ちゃんと美味しいから!」
「どれどれ」
ヘルマンとフレイがスプーンを手にして器から肉をすくう。
一口食べると、ヘルマンの銀色の眉毛に半分隠れている目が、カッと開いた。
「ふむ……これは美味い。銀獅子の肉がとろとろに煮込まれているおかげで、噛まなくても食べられるわい」
「ちゃんとヘルマンさんのリクエスト通り、胃に優しい肉料理になってるでしょ」
「確かにそうだのう」
「フレイはどう?」
「まあ……美味いよ。お前が作ったもんはなんだって美味いだろ」
「へへへー。ありがと!」
二人が夢中で角煮丼を食べているのを横目に、アイラはエマーベルたちから入る注文に対応していった。
冒険者たちの注文は軒並み「大盛りで!」だった。
標準でも盛りがいいのだが、おかげさまで白米がこんもり山のようになっている。
山盛りの白米の上に肉と卵を乗せて、その上から煮汁を回しかける。
「はい、角煮丼四つできたよ!」
「ありがとうございますぅ!」
シェリーが素早くトレーの上に丼を乗せてテーブルへと進む。
シェリーは華奢な体つきをしているのだが、大盛りの丼を四つも載せて苦もなく運ぶ様はさすが冒険者をやっているだけあるなぁという感じだ。
「お待たせしました、銀獅子の角煮丼でぇす!」
「おお、待ってたぜ」
「ありがとうな!」
心なしかシェリーが給仕をした方が冒険者たちも嬉しそうだった。
やっぱり看板娘の存在って大事だなぁとアイラは思う。
ここには看板狐もいるのだが、彼の場合マスコット的な可愛さとは無縁で、マナーの悪い冒険者の取り締まり係だ。
アイラがそんな風に考えながらも盛り付けに勤しんでいると、どんどんと客がやってくる。
「アイラさん、大盛り角煮丼三つ!」
「こっちは大盛り五つだ!」
「はいはーい!」
もはや大盛りではない注文が入らないくらい、全部が全部大盛りだった。
てんてこ舞いになりながらも、アイラはひたすら大盛りの角煮丼を作り続ける。
大盛況の共同キッチン内で食事を終えたヘルマンとフレイが立ち上がる。
「ごちそうさま、美味かったわい」
「世話になったな」
「ヘルマンさんにフレイ! また来てね」
ヘルマンはにっこりと、まさに聖騎士と呼ぶべく慈愛に満ちた穏やかな笑みを浮かべる。
「ああ、また来るわい。今度は『黄金鶏』の卵でも持ってこようかのう」
「げっ。勘弁してくれませんかヘルマンさん」
「何を言う。お主の力があれば黄金鶏だろうが雪原の覇者だろうがどうということもないじゃろう」
「俺は……バベルで静かに贖罪をして暮らしたい……!」
「ほっほっほ。諦めろ、お主の身柄はワシが預かっておる。アイラ、またの」
ぐったりした顔のフレイを伴い去っていくヘルマン。
アイラにできることは見送ることだけだ。
黄金鶏の卵はおいしかったから、もし本当に持ってきてくれるならとてもありがたい。
「……あたしも今度、取りに行こうかなぁ」
同じ食材でも自分で取ってくるとより達成感があるので、今度ノエルに詳しい生息場所を聞こうとアイラは心に決めた。
銀獅子の角煮丼は大盛況だった。
誰も彼もがスプーンで肉と卵と白米を豪快にかきこんでいる。
競い合うように注文し、喧嘩になりそうになるとルインが割って入ってたしなめる。
そんな様子を見ているとアイラも嬉しくなってくる。
さあやるぞ! がんばるぞ! という気持ちが湧いてくるのだ。
戦いのような怒涛の営業時間が過ぎ、やがて店じまいの時間となった。
最後のお客が帰っていき、見送ったシェリーが共同キッチンの前に出していた看板をしまって扉を閉める。
クルトンが皿を下げて、ノルディッシュが皿洗いをし、エマーベルは売上の勘定をしていた。
アイラは賄い用に取っておいた料理を丼に盛り付け、大鍋を空にした。
「お疲れ様! みんなのおかげで今日も助かったよ」
すると金貨を数えていたエマーベルが顔を上げ、にこりと微笑む。
「きょうの料理も好評でしたね」
看板をしまってテーブルを拭いていたシェリーも頷く。
「正直最初はぁ、魚醤の味付けと白米がウケるのかなって心配だったんですけど……全然平気でしたねぇ!」
「え、魚醤も白米もバベルじゃ一般的じゃないの?」
思わず作業の手を止めて聞き返したアイラに返答したのはクルトンだ。
「一般的ではねえな。バベルには世界各地から冒険者が集まるから色々な調味料や食材が用意されているが、普通はみんなパンを食う」
「そうそう。魚醤もそんなに使わねえ。酒場でもあんま出てこないだろ」
クルトンの言葉にノルディッシュも同意する。
「そっか……そうなんだー。市場に売ってるし、今日もみんな受け入れてくれたからてっきり普及してるものだと思ってたよ」
「魚醤も白米も、東方の国のものらしいな。その辺り出身の冒険者に対しての配慮だろうな」
「なるほどね。そういえばあたしも魚醤のこと知らなくて、最初に見た時はびっくりしたっけ」
なにしろ魚醤は独特の匂いと味だ。
薄めて使わないと舌にびりっとくるくらいの濃い味なので、そのまま舐めて驚いた記憶がある。
「まあ、なんにしろ、受け入れてもらってよかった。角煮は白米が合うからね。というわけで賄いだよ」
「おぉ!」と声が一斉に上がる。ルインも尻尾をふりふりしつつご機嫌な足取りで駆け寄ってきた。
「はいどーぞ」
営業前に食べたのと全く同じメニューなのだが、全員嬉しそうだった。
スプーンを手に取り、営業前よりも大きな口でパクパクと食べる一同。
「やっぱり働いた後のご飯って、格別に美味しい……!」
動いて適度に疲れた体に、エネルギーが補給されるこの感じがアイラは好きだった。
食べるほどに全身に栄養が補給され、胃が満たされていく。
全員が無言で角煮丼にがっつき、営業前よりもよほど早くに食べ終わる。
こうして本日も無事に終わりを迎えたのだが、ここで思いもよらない来客があった。
ドアノブが回り、続いて開く扉に全員が注目をする。
開いた扉から入って来たのは、ひょろっと長い手足を持つ中年の男。
「あれ……ロッツさん?」
「やぁ、アイラさん。閉店後にすまないね。実はちょっと、頼みがあるんだ」
バベルの二十二階にある酒場の料理人、ロッツだった。






