トロッと煮込んだ銀獅子の角煮丼①
朝から仕込んだ銀獅子と卵は今、ぐつぐつと湯気を立ち上らせる大鍋の中で調味料に浸っていい感じの色になっている。
キッチン中を漂う香りも、甘くてしょっぱい独特の香りだ。
エマーベルたちも鼻を動かしてこの香りをめいいっぱい吸い込んでいた。
「わあ、いい香りですね……!」
「お腹すいちゃいましたぁ」
「早く食いたいな!」
「バカ、クルトン。こりゃ客に出すための料理だよ」
ルインも目を閉じて半分眠ったような状態のままヒクヒクと鼻を動かしていた。
「お米はどうだろう」
米は厚手の鍋を魔導コンロにかけて炊いたのだが、こんなに大量に炊くのは久しぶりだったのでちょっとドキトキする。
鍋の蓋を布巾でくるんで開けてみれば、ほかほか真っ白い湯気がアイラの視界を覆い、続いて炊き上がったばかりのお米の香りが鼻腔に届いた。
「わ、いい匂い!」
白くてツヤツヤなお米をしゃもじで混ぜていく。
「いい感じ……!」
朝から仕込みをしていて夕方に近い時間。アイラのお腹はペコペコだった。
「よし、お待ちかねの賄いの時間だ!」
アイラの言葉にエマーベルたちの「待ってました!」という声が響き、ルインもぱちりと目を覚まして起き上がる。
アイラは炊き上がったばかりの白米の上に肉と卵を載せ、そこに煮汁を回しかける。
「はいどうぞ! 『とろっと煮込んだ銀獅子の角煮丼』だよ!」
人数分を盛り付けてテーブルの上へと置く。
ルイン以外の全員で「いただきます」と唱和してからスプーンを手に取り丼の中身をすくう。
アイラはまず、お肉と白米をすくった。
銀獅子の肉は煮汁を纏って鈍く光っており、そしてお米は一粒一粒がこれまた煮汁によって茶色くつやつやと輝いている。
パクッと豪快に一口。
魚醤と粗ごし糖で味付けされた銀獅子の肉は、とてつもなく柔らかかった。
それこそ、歯がいらないくらいに。
じっくり煮込んでとろとろになった肉はあましょっぱくて噛み締めるとじんわり旨味が染み出してくる。
白米との相性も抜群だ。
魚醤で味付けしたものはパンよりも白米の方が合うなぁというのがアイラの感想だった。丼に白米を盛り、その上におかずを載せるのだ。
「おいし……!」
とても美味しい。
ご飯を食べる手が止まらなくなる。
卵も食べてみた。
長時間煮込んだおかげで卵の内部にまで味が染み込んでいて、非常に味わい深く仕上がっている。
めちゃくちゃ美味しい。
エマーベルたちも食べる手が止まらないようだし、ルインもパクパクというよりガツガツと食べている。
「絶品だ!」とか、「朝から待っててよかったぁ!」という声が聞こえ、作ってよかったなぁと思った。
全員が二回ずつおかわりをしたところで満腹になり、しばしの休憩ののちに本格的に開店に向けての準備となる。
とはいえこれはエマーベルたちが先頭に立ってやってくれるので、アイラがやることはあまりない。
「今日使う器はこの深さがある丼で、コップは昨日と同じね」
「はい!」
こうして使う食器だけ教えれば、エマーベルたちが食器を出したり拭いたりしてくれる。
その間アイラは調理の最終チェックをしたり追加で米を炊いたりできるのでとてもありがたかった。
こうして準備が整えば、あとは開店をしてお客さんの入りを待つだけ。
なのだが。
「おーい、もうやってるのか!?」
「腹減った!」
待ちきれなくなった冒険者が、開店よりも早い時間にどやどやと押し寄せてきた。
エマーベルたちが前にでて慌てて止めにかかる。
「皆さん、まだ開店前なのでもう少しお待ちください……!」
「待てねぇよぉ!」
「俺、大盛りで三つ!」
大柄な冒険者たちはエマーベルを押し退けてテーブルに座ると、勝手に注文をはじめる。
しかしアイラとしては、まだ準備が整いきってないうちから食事を提供するつもりはない。
「ルイン、行ってなだめてきてくれる?」
「うむ」
のっそりと立ち上がったルインが客席へと出て行った。
「おい、お前たち。メシが食いたければ店でのルールにちゃんと従え」
「なっ……しゃべる、従魔……!?」
「噂にゃ聞いてたけど、実在していたのか」
「オレだってニンゲンのルールに従って生きているんだぞ」
低い声を出し、ぎろりと睨めば、それだけで冒険者たちがたじろぐ。
「それともオレに食われたいのか」
「……っ、わ、わかったよ。出直してくる」
「わかれば良いのだ」
冒険者二人組はルインに恐れをなしたようで、席を立つとそそくさと去って行った。
「ありがと、ルイン」
「ああいう手合いには厳しくしないとつけあがるからな」
「そうそう。ダストクレストにも、そういう人いっぱいいたよね」
押しの強さに負けて下手に出てしまうとどんどん調子に乗るので、こちらも毅然とした態度をとることが肝心だ。
エマーベルたちはルインのことを「頼りになるなぁ」と言いながら見ている。
「さて、と。じゃあ、あと一時間、張り切って準備しちゃおう〜!」
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