はじめてのおつかい①
肉料理というのはスタミナ料理だと思われることが多い。
確かに冒険者が好むのは、そしてアイラの好みとしても、分厚い塊肉を鉄板で焼いたり豪快に串で刺して炙ったりするものだった。
肉は大きければ大きいほどいいし、分厚ければ分厚いほどいいというのが信条だ。
だけどアイラは料理人なので、肉料理がそうしたスタミナに全振りしたものだけではないということを知っている。
どんな年齢の人でも食べやすい肉料理、すなわち。
「煮込みだよねー」
そう、煮込み料理だ。
煮込んでしまえば肉の脂が適度に落ちるし、柔らかくなるので食べやすい。
そんなわけでアイラは大鍋に銀獅子の肉をどんどん投入し、そこにたっぷりの水を入れて火にかけた。
調理をするアイラの横で、シェリーが疑問を投げかけて来た。
「これって、何時間くらい煮込むんですかぁ?」
「だいたい五時間くらいかな」
「えっ、そんなに!?」
煮込み料理はさほど難しくないがとにかく時間がかかる。
「灰汁をすくって、水が減ったら追加して、また煮込んで……柔らかくなるまでにそのくらいの時間は必要になるよ」
「……料理って、結構大変なんですねぇ……」
「そうそう。手間暇かけた方が美味しくなるからねー」
「確かにアイラさんの料理、美味しいもんねぇ。でも、そしたら今日は私たち、あんまり出番がないかもしれないですねぇ」
確かに夜の営業までにまだまだ時間はたっぷりある。このままここにいても、暇になってしまうだろう。
「そしたら、卵を手に入れて来てくれないかな? 一緒に煮込むと美味しいんだ」
「え……卵、ですか……? も、もしかして、『黄金鶏』を夜までに狩ってこいってことですかぁ?」
「違う違う」
青ざめた顔でガタガタ震えるシェリーにアイラは速攻で否定をした。
「あれって銀雪山脈にいる魔物なんでしょ? そんな遠くまで行けなんて言わないよ。バベルの中で売ってる卵でいいから、買って来てくれる?」
「わ、わかりましたぁ!」
「それから、今日の料理は米の方が合うからお米も」
「なら、僕も行く」
「シェリーとエマだけじゃ今日分の卵と米は持てねえだろ。俺とクルトンも行くぞ」
「おう」
「じゃ、みんなよろしく!」
結局エマーベルたちは四人全員で買い出しへと出かけてしまった。
アイラは一人、大鍋を前にして肉からふつふつと沸き出る灰汁を取る作業に従事したのだった。
エマーベルたちは無事に卵と米を手に入れて戻って来た。
ペイングースの卵を買い占めてきたらしい。
バベル内で飼育し繁殖させているペイングースの卵はメジャーで、鶏卵より一回りほど大きく、茶色いからに包まれている。
そんなペイングースの卵は全てゆで卵になった。
このころにはルインもようやく目を覚まし、厨房にのっそりのっそりとやってくる。
「おはようアイラ。腹が減ったぞ」
「ルイン、おはよ。けど、ご飯はもうちょっと待ってね。今作ってるところだから」
相変わらず肉の下処理をアイラが請け負い、エマーベルたちは全員で茹で卵の殻を剥いている。量が量なので、地味に面倒な作業だ。
ルインはその場に座り込んで、スンスンと鼻を動かす。
「肉が……茹る匂いがするな」
「そっ。今日は煮込み料理にするからね」
「なるほど。まだ時間がかかりそうだな」
「そうなんだよ。これからお米も炊かなきゃいけないし、味付けして煮込まないといけないから……あっ。しまった。調味料が全然足りないんだった」
「アイラさん、僕たちまた行って来ましょうか?」
「エマーベル君、お願いしていいかな? 荷運びにルインも連れてっていいから」
「はいっ」
ひたすら卵の殻を剥いているエマーベルが、指に張り付いた卵の殻を拭いながら返事をする。
「何、オレも何かに連れ出されるのか」
「ただの荷運びだよ。量が量だから一緒に行ってあげて」
「なるほど。まあ、そのくらいならば引き受けよう」
「よろしくお願いします」
「うむ」
律儀にお辞儀をするエマーベルに対し鷹揚に接するルイン。
「買うものは魚醤と粗ごし糖でお願いね!」
「はいっ」
「では行くぞ、ローブの奴」
「ロッ……? あ、あの、僕の名前はエマーベルと申します」
「名前が長い。覚えられん。いつもローブを着ているからローブのやつで十分だ」
「…………」
「エマーベル君、ごめんね。ルインはほんとに名前覚えるの苦手でさぁ……まともに覚えてるのって数えるくらいしかいないんだ」
「そうですか……」
「さっさと来い、ローブの奴」
もふもふした炎のような尻尾をしゅっと振ってからエマーベルと共にキッチンを出る。
ノルディッシュが卵から目を上げて心配そうに閉じた扉を見つめている。
「大丈夫かな、エマーベルの奴」
「大丈夫だよ。ルインはああ見えて、温厚だから」
人の名前を覚えなかったり寝起きが悪かったり風呂嫌いだったり乗り物酔いしたりと、結構欠点も多かったりするのだが、それでも突然人に襲いかかったりするようなルインではない。その点は非常に信頼がおける。
「さっさと目当てのもの買って帰ってくるから大丈夫大丈夫」
アイラが笑ってそういえば、ノルディッシュも納得する。
アイラはのんびりと二人の帰りを待ちながら肉の下処理に没頭するのだった。






