営業時間②
営業時間中はささいな小競り合いやトラブルが頻発した。
そんなのはアイラにとってはごくありふれた出来事なので、いちいち気に留めたり干渉したりはしない。
ダストクレストにいたときは、飲食代を踏み倒そうとする連中なんてごまんといた。
この場所には基本的に腕に自信のある高位の冒険者しか存在しないので、エマーベルたちの力では抑えきれないことが多々あったみたいなのだが、そんな時はルインに任せておけば万事解決だ。
看板狐としての仕事を任されているルインは、何かあればすぐに駆けつけるし、力を持って鎮圧をする。
晩ごはんがかかっているので、いつものように寝て過ごすのではなくしっかりと働いてくれた。
喋る従魔ということでまず驚かれ、それでも従魔は従魔ということでなめられたりするのだが、不意打ちによるルインのパンチか頭突きか火球の一発で大体の冒険者は床に沈む。その後帰るか、大人しく食事をしていくかは冒険者次第だ。
食事しないで帰るのであれば金銭は取らないという親切心を発揮しつつ、営業時間はつつがなくすぎていく。
夜も更けようという頃合いになってから、アイラの見知った冒険者たちがキッチンに姿を表した。
「よう! 店はどうだ?」
「チュン!」
「おっ、随分繁盛しているようじゃねえか。なあバルバトス」
「カァ!」
「……ちょっと、どうして私まで連れて来るのよ!」
従魔を引き連れたルークとバイジャン、そして従魔のグラシルにぐいぐいと押されて入ってきたノエルだ。
「……あれは……『空乗り』の二人じゃねえか」
「『賢者』ノエルもいるぞ」
「こんな低層階のキッチンに一体何の用だ……?」
「いやいや、噂じゃ『戦う料理人』と『海神』を討伐したとかなんとか」
「それ、ほんとか?」
「そもそも『戦う料理人』はなんでこんなとこで料理屋やってるんだ?」
憶測が飛び交うのもなんのその、ルークとバイジャンは大型の従魔を引き連れてキッチンの中に入って来ると、調理台に一番近い卓にどっかり腰を下ろしてアイラに声をかけてきた。
「よぉ。大盛況で結構なことだな。客が全然きてなかったら、俺たちで全部の食材食ってやろうって話してたところだったんだよ。なっ、バイジャン」
「おうよ。こっちには腹を減らしたグラシルとバルバトスもいることだし、容易く平らげてやるぜ。それに……ノエルもいる」
「私はそんなに食べないわよっ!!」
ノエルは顔を真っ赤にして否定していた。
アイラの横で料理の運ぶ順序を指示しているエマーベルが、恐る恐るといった様子でルークたちに問いかけた。
「えーっと、みなさんは何人前注文しますか?」
「んー? そうだなぁ。俺とグラシルは、二人で五人前は食うな」
「俺とバイジャンもそんくらい食うぞ。ノエルは?」
「私は普通に一人前あれば十分よ」
「じゃあ、そんな感じで頼む」
「はい、十一人前ですね。かしこまりました。アイラさん、十一人前お願いします」
「オッケー」
いつも大物に出くわすと慌てるエマーベルだったが、事前に三人と会っていたためか落ち着いている。
アイラは注文通りにステーキを十一人前焼き始める。
それをしげしげと眺め始める三人と従魔二頭。
「うおーいい匂いするぜ」とルークが鼻をヒクヒクさせ、グラシルも「チュン!」とさえずっている。
「バルバトス、どうするか……この量、もう五人前追加しても食える気がしてきた」
「カァ」
「どんだけ食べるつもりなのよあんたたちっ!?」
「ノエル、この二人と一緒に来るなんて意外だね」
「たまたまよっ。たまたま出会ったから、仕方なく来てあげただけなんだから!」
「おぉ聞いてくれよアイラ。ノエルのやつ、キッチンの扉前でずっと右往左往しててよぉ。こいつの性格からして、素直に入れなかったんだろうな」
「そこを親切な俺とルークでとっ捕まえて、一緒に入ってやったってわけだ」
「あー、すごく目に浮かぶ光景だね」
「……! …………!!」
速攻でバラされたノエルは涙目でプルプル震えていた。
そんなかわいそうなノエルに、アイラは特に美味しそうに焼けたミノタウロスの背肉とテールスープ、そしてプリンを出してあげる。
「ほら、ルークたちにもらったミノタウロスのお肉で作ったスープとステーキ、それにノエルにもらった材料で作った黄金プリンだよ。元気だして」
「うぅ……!」
涙目のノエルは、それでもスプーンを手に取りスープを一口。
「……美味しいわね。さすがだわ……」
「でしょー? あたしの腕前もだけど、材料もいいからね!」
「おうよ。俺たちが狩ってきたミノタウロスの肉は格別だろう」
「アイラへの祝いっつーことで、近辺のミノタウロスを絶滅させる勢いで狩り尽くしてきたからな。な、バルバトス!」
「カァ!」
これを聞いたノエルはいつものペースを取り戻したようで、水色のストレートヘアを背中にファサッと流してから顎をツンと持ち上げた。
「ふん、あなたたち。お祝いにしては魔物のレベルが低すぎるんじゃないかしら」
「何だと?」
「ミノタウロスなんて、頑張れば三級冒険者だって狩れるわよ。私のお祝い品は、『天の雌牛』のミルクに『黄金鶏』の卵、それに白結晶砂糖よ!」
「なにぃ!? お前、そんなレアな食材をこの短期間に獲ってきたっつうのかよ!」
「あなたたちとは格が違うのよ、格が!」
ルークの大袈裟な驚きに、ノエルが鼻を高くする。
バイジャンが、哀れみにも似た視線をノエルへと投げかけた。
「……お前……よっぽど仲間に飢えてたんだな」
「なんでちょっと同情してるのよ!?」
「言ってくれりゃあいつでもパーティーに入れたのに。なぁ、バルバトス」
「カァ!」
「嫌よ! あなたたちってば、いつでも徒歩じゃ行きづらい場所ばかり探索するんだもの」
「『天の雌牛』と『黄金鶏』がいる銀雪山脈だって相当徒歩じゃ行きづれぇだろ」
「察してやれよ、バイジャン。アイラのために無理したんだよ」
「なるほどなぁ……」
ルークにぽんと肩を叩かれ、バイジャンは納得したように深く頷いていた。
「もう! これだから男は嫌になるわ」
「あはは。仲が良さそうで何より」
「違うからね、アイラッ!?」
何と言われてもアイラからみれば仲が良いようにしか見えない。






