営業時間①
アイラの料理屋は、開店と同時に人がわんさか押し寄せた。
どうやらギルドや酒場でも噂になっていたようで、金貨片手にやって来る冒険者の波、波、波。
そして時々、食材を持って来る冒険者もいて、共同キッチンは大わらわだった。
それでも大した混乱もなく営業できているのは、エマーベルたちの抜群のチームワークのおかげだろう。
「アイラさんっ、日替わりプレートを三つ!」
「はいはいーっ」
「こっちには二つお願いしまぁす」
「オッケー」
「こっちは四つだ! よろしく頼むぜ!」
「わかった!」
クルトン、シェリー、ノルディッシュから注文が次々に飛んでくる。
元気に返事をしてはいるのだが、アイラは数を全く把握していなかった。
作った端からなくなるので、とにかくひたすら用意すればいい。
どこのテーブルに何皿必要なのかは、全てエマーベルが管理して振り分けてくれていた。
「えーっと、十番卓に三つ。はい、シェリー、これ持って行って下さい。クルトンはこっち、四番卓に六つ。ノルディッシュは五番卓に五つです」
てきぱきと指示を出す様は、さすがパーティのリーダーなだけある。
そして三人はそれに従い無駄なく動く。
アイラは調理と料理の盛り付けだけに没頭すればいいので、楽なことこの上なかった。
「ありがとうございます! またお越しください!」
というシェリーの朗らかな声が聞こえてくる。
共同キッチンは非常に活気に満ちていた。
テールスープは出来上がっているので、寸胴鍋からすくって器に盛り付けるだけでいい。プリンも同様だ。
アイラが営業時間中に作るものといえば、ミノタウロスの背肉のステーキのみだった。
共同キッチンには大きめの鉄板があるので、これを使って背肉をじゅーじゅーと焼いていく。
焼いていれば煙がもくもくと立ち上り、肉が焼ける香りが周囲へと立ち込める。
大人しく座って待っている冒険者も、これには鼻を動かして期待を込めた眼差しをアイラへと送るのだった。
「よっし、焼き上がり! はい、これもお願い!」
鉄板では一度に六切れものステーキが焼けるので、とても効率がいい。
ばんばん焼いてばんばん提供する。
「こうやってると、ソウさんと料理屋やってた時のこと思い出すなぁ!」
あの時はこんなにいい食材は使っていなかったけど。
それでも料理を覚えたての時、自分の作ったものを美味しいと言って食べてもらえるのはとても嬉しかった。
料理を作るのと、食べるのと、食べてもらうのは、それぞれ別の喜びだ。
アイラは今、作る喜びと食べてもらう喜びの両方を感じつつ調理に勤しんでいた。
そんな風にアイラが忙しくも非常に充実した時間を過ごしていたまさにその時。
「……おい! 俺のところの料理がまだ来ねえぞ! どういうことだ!!」
テーブルをばんばん叩き威嚇する一人の冒険者の怒声が共同キッチンに響き渡った。
一瞬で静まり返るキッチン内。
アイラは焼いている肉から目を離すわけにはいかないので、耳だけで状況を把握しようとした。
エマーベルがキッチンから離れていく気配を感じる。そして先の冒険者相手に説得を始めたようだった。
「今、順番にお出ししてますので……」
「あぁ!? この俺を誰だと思ってやがる! 一級冒険者のハザン様だぞ!」
「この場では冒険者の階級に関係なく、来た人から料理を出しています」
「やかましい!」
ひゅっと空を切る音と、人間の体が床に叩きつけられる鈍い音がした。
「ぐっ……!」
エマーベルが痛みを堪える声がする。
あーこれはダメなやつだなーと思いながらも、アイラは肉を焦がしてはならないので今は手が離せなかった。
「お前……俺の動きが全く見切れねえとは、弱ぇな。さては依頼がこなせないから給仕係なんてやってるんだろ?」
「…………」
「さっさと料理持ってきな!」
「ちょ、うちのリーダーになんてことするんですかぁ!」
「そうだぞ、俺たちのリーダーを馬鹿にするな」
「いくら一級冒険者でも、許せるもんじゃねえ」
シェリー、クルトン、ノルディッシュの声がして、多分エマーベルを庇いに行ったんだろうなぁという推測をしつつアイラは肉をひっくり返した。
表面が非常にいい色に焼けている。
「何だとコラァ! お前ら如きが、俺に勝てると思ってんのか!」
「おい」
激昂するハザンの声に続いて、低く冷静な声が聞こえてきた。
「ここでのイザコザは禁止だ。騒ぐなら出ていけ」
「……な……従魔がしゃべった、だと……!?」
「メシが食いたいなら大人しく座っていることだな」
「……!? じ、従魔ごときが俺に指図するな!!」
「なら、出ていけ」
ガタガタッ、バキッ、と音がした後、ボンッと小規模な爆発音が聞こえてきた。
しかしアイラは、今しがた焼き上がったステーキを皿に載せるのに忙しく、騒ぎを見ている余裕なんてない。
一度に六人前のステーキを焼き上げたアイラは、綺麗にお皿に乗せてふぅと息をついた。
「よぉし、日替わりプレート六人前いっちょあがり!」
そこでようやく目を上げると、床でぷすぷすと煙を上げる大柄で筋肉質な冒険者と、何食わぬ顔で毛繕いをしているルイン、それを見守るエマーベルたち、そして何事もなかったかのように食事を続ける冒険者たちの姿が目に飛び込んできた。
「ねえ、料理冷めちゃうから運んでー!」
「あ、はい、わかりましたっ!」
アイラの声かけに、エマーベルたちがどたどたとこちらにやって来る。
「えぇっと、この料理は一番卓、こっちは七番卓で……」
エマーベルがてきぱきとさばいていき、シェリーたちの手によって無事に料理が運ばれていく。
アイラは新たな注文に備えて再び鉄板の上にミノタウロスの背肉を並べたのだった。






