開店祝いの保存用魔導具
「や、バベルで店をやるんだって?」
「いや違うけど……」
「なんだ違うの? 張り切って開店祝いを持ってきて損した気分」
今日何度目のやりとりかわからなくなるくらい、既視感を感じる会話。
共同キッチンにやってきた次なる人物は、バベルで魔導具師をやっているボニーだった。オーブンや鑑定魔導具を作ってもらったりとアイラも何かと世話になっている。
「ほら、せっかくだから開店祝い受け取りなよ」
「この大きいの、もしかして……大型の保存用魔導具?」
「御明察。店をやるなら大きいのが必要でしょ?」
ボニーが、というよりはボニーの指示によって数人の冒険者が運んできたのは、大型の食材を保存するための魔導具だった。
アイラも一つ持っているが自室に収まる程度の大きさだ。これはまさに、ギルドの酒場に置いてあるほどの大型のものだった。
冒険者たちは勝手に魔導具をキッチンの隅に設置すると、「じゃあな!」「料理楽しみにしてるぜ」と言って去っていく。
ボニーが魔導具を示して言った。
「見てな。魔石に魔力を流すと六十秒で内部に冷気が行き渡って温度が下がる。そこで氷漬けにされている肉の塊も、出来立てのプリンも、全部まとめて入れておけばヒンヤリするよ」
ボニーが魔力を流し込めば、確かに箱の内部がヒンヤリとした。
アイラはいそいそと中に食材を詰め始める。
ミノタウロスの背肉もプリンも結構たくさんあったのだが、すべて余裕で入ってしまった。
「これは便利かも。ありがとー」
「金貨七百枚にまけておいてやるよ」
「えっ、お金取るの!?」
焦るアイラにボニーがカラカラと笑いを見せる。
「冗談だよ。お金はもう受け取ってるんだ。これは、ギルドからの祝いの品」
「なんでギルドからお祝いの品が??」
「あんたがバベルに来てから、貴重な素材がわんさか持ち込まれるようになったからその礼だって」
「へぇえ……ギルドって結構太っ腹なんだね」
「功績を立てた人に見返りを与えるのは当然のことでしょ。じゃ、ウチはこれで」
「ありがと。夜から料理出すから、良かったら食べに来てよ。その頃にはプリンも冷えて美味しくなってるだろうし」
アイラのこの言葉に、ボニーが猫のような声を出して笑う。
「そうさせてもらう」
こうしてアイラたちの元に、真新しいピカピカの保存用魔導具箱がやってきた。
エマーベルたちが神々しいものを見るように見上げている。
「うわぁ……すごいですね。こんな大きい保存用魔導具箱は、酒場くらいにしかありませんよ」
「これだけ大きかったら、店やめた後もみんなで使えるね」
「えっ、アイラさん、これ共用にするつもりですか?」
「うん。部屋には置けないし、みんなで使った方が良くない? オーブンもそんな感じにしてるし」
共同キッチンには、アイラが素材をかき集め私財をはたいてボニーに作ってもらったオーブンがある。置かせてもらっている以上、誰でも使っていいよ、と言ってある。
「しかし、実際にオーブンを使ってる他の冒険者はいませんよ。そもそも使い方がわからない人ばかりですから」
エマーベルの補足に、アイラはへぇそうなんだぁと思う。
まあ使う使わないは自由だ。
「そしたら保存用魔導具箱の方がみんなが使いやすくていいじゃん。すぐ使わない食材とか入れておけるし」
共用スペースに置かれているのだから、みんなで使うべきである。
「アイラさんってぇ……すごいですよねぇ」
シェリーがそんな風に言うのを聞きながら、時計を見れば、時刻はもうすでに夕方を回っているところだった。
つられて時間を確認したエマーベルが慌てる。
「そろそろ開店の時間ですね。お皿の準備などをしませんと……」
「ほんとだ。おい、ノル、シェリー、俺たちもやるぞ」
「おう」
「アイラさん、お料理は任せましたぁ!」
「オッケー、まかせて!」
石匣の手の四人が店を始める準備をする中、アイラも料理の最終確認をする。
しかしピタリと立ち止まり、首を傾げた。
「……あれ。なんか忘れてるような……?」
キッチンの片隅で、ぐおっと低いいびきが聞こえてきた。
昼食を終えたルインが気持ちよさそうに眠っている姿が見える。
アイラはツカツカと近寄って、無防備に晒されているお腹をくすぐる。
「……ルインー、起きて! もう店始めるから!」
「うぉ!? や、やめろ! うひゃ! くすぐったいぞ!」
「起きて働いて!」
「うひゃひゃ!」
うひゃうひゃ言いながら起き上がったルインは、じっとりと恨めしそうな顔をしている。
「満腹で気持ちよく寝ていたというのに……大体、何をしろと言うのだ」
「トラブルが起きないように睨みを利かせていてよ」
「具体的にどうすればいい」
「ウロウロしててくれればいいよ」
「うぬぅ……」
「終わったらまたごはんあげるから! よし、がんばろ!」
「ぬぬぬぅ」
不満げではあったがルインも納得し、これでメンバー全員が揃った。
いよいよアイラの料理屋、開店である。
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