宵闇の硝子瓜を探して⑤
「ーーあれ……なんだろ」
「む?」
「どしたの、アイラ?」
「泉が光ってるの、ほら」
アイラが指差した方角では、光がますます増している。薄ぼんやりとした青白い光が湖面を照らし出し、アイラたちが見ている目の前で、にょきにょきと植物が生えてきた。内部から光っているその植物は茎を伸ばし葉を茂らせ、ものすごい勢いで急成長している。一体なんなのか。呆気に取られて見守っていると、五枚の花びらを持つ少し尖った花が咲き、中央から実が膨らみ、どんどん大きくなっていく。
透き通った実は、ギザギザとした亀裂のような模様がついていた。全体的に丸いのだがやや細長いかたちをしていて、不思議と発光している。アイラが鑑定魔導具を使って植物の正体を確かめるより早く、ポアが叫んだ。
「あ、あれって……『宵闇の硝子瓜』だ!」
「おぉ、やはりそうか」
「うん、間違いないよ。だってボク、何回も食べたことあるもん!」
アイラは念の為鑑定魔導具を使って、突然生えてきたこの謎の植物を鑑定した。
【宵闇の硝子瓜】
清涼な水の中で育ち、夜になると地上に茎を伸ばして花を咲かせ実を成らせる。食用可。その実は瑞々しく、摩訶不思議な味がする。
「ポアの言う通り、これが『宵闇の硝子瓜』みたいだね」
「でしょっ? よーし、ここはボクが取ってくる!」
泉の中心部に咲く宵闇の硝子瓜は、アイラとルインで採取するなら泉に入らなければならずずぶ濡れになってしまう。その点、空を飛べるポアなら濡れる心配はない。ポアはパタパタと羽を動かして泉の中央まで飛ぶと、四つ足で硝子瓜にしがみつき、軸の部分をひねるようにしてもぎり取った。
ポアは体が小さいので一度に一つしか硝子瓜を持てない。何度も往復して、合計十五個の硝子瓜を運んでくれた。
「わー、ポアありがとう。助かっちゃった」
「うむ。おかげで濡れずに済んだ」
「へへへん。このくらい、お安いごようさ!」
得意げに胸を反らしたポアは期待に満ちた目で硝子瓜を見つめた。
「やっと手に入った……宵闇の硝子瓜!」
「ねえ、早速一つ食べてみようよ」
「そうだな、食べよう」
アイラは硝子瓜を左手で地面に固定し、右手でベルトから包丁を取り出してスパッと真っ二つに割った。
中は、見た目と同じく青白い半透明で、種が微かに光っている。
「宵闇の硝子瓜は実も美味しいんだけど、この種もウマいんだよ」とはポアの言葉だ。
「どれどれ」
アイラはポアの言葉に従って、種をくり抜いて口に放り込んでみた。
プチプチッとした食感と、まるで氷砂糖を舐めているかの様な甘さ。すこしひんやりとしていて、その冷たさが一日起伏の激しい渓谷を魔物と戦いながら歩いた体の熱を取ってくれる。
「ほんとだ……おいしー」
「おいアイラ、オレにもくれ」
「ボクにも!」
アイラは待ちきれないとばかりに涎を垂らしてこちらを見つめる神獣たちのために、硝子瓜を三等分して皿に載せてあげた。すかさずかぶりつく、ルインとポア。
「おっ、この瓜はヒンヤリしていて瑞々しくて、かすかに甘みがあるから生で食べるのにちょうどいいな」
「でしょ? ボクたちビャッコ族のおやつなんだ。これを食べると体の中からキーンって冷えて、なんだかパワーが出るんだよ」
瓜を貪る二人につられるようにアイラも瓜にかぶりつく。手が汚れない様に皮の部分を持ち、果肉に齧り付くと、シャクッとした食感だった。
「あっ、ほんとだ。ルインの言う通り、瑞々しくって美味しい! シャーベットと果物の中間くらいのシャクシャク食感だね」
「アイラ、シャーベットって何だ?」
すでに自分の分の硝子瓜を食べ尽くしたポアが好奇心に満ちた目でアイラに問いかけてきた。
「果物を果汁と一緒に凍らせて作るデザートだよ。キンキンに冷やした果物が口の中で雪みたいに溶けて、甘みだけが残るから、次々に食べたくなっちゃうんだ」
「な……なんだそれ。美味しそうだな!」
「めちゃくちゃ美味しいよ」
「そのシャーベットってやつ、『宵闇の硝子瓜』で作ってくれよ!」
「うーん、作ってあげたいんだけど、シャーベットは作るのに結構時間かかるんだよね……」
アイラは顎に人差し指を当てて悩む。シャーベットは果肉と果汁を混ぜて冷やしてから、何回か混ぜて再び冷やすという工程があるので、この場ですぐに作って出せるものではない。ポアがガッカリし、耳が力なく垂れ下がった。
「えぇ……ムリなのか……?」
「そうだ! シャーベットはムリだけど、かき氷なら作れるよ」
「かきごおり?」
「うん。普通は氷を薄く削いでシロップをかけるんだけど、今回は硝子瓜を凍らせて包丁で削って作る感じにしてみよう」
「それも面白そうな食べ物だな!」
「ポア君も手伝ってね」
アイラは二つ目の宵闇の硝子瓜を手に取ると、スッパリと切った。皮部分は厚くて固くて食べられそうにないので、果肉と種を使う。
「ボク……何を手伝えばいいんだ?」
「凍らせるの手伝ってほしいんだ」
「なるほど、そんくらいお安い御用だぞ!」
ポアは張り切って氷のブレスを吐いた。周囲の温度が下がり、宵闇の硝子瓜がどんどんと凍りついていく。カチカチになるまでにさほど時間はかからなかった。
「どうだ!」
「さすがポア君、すごい!」
アイラがそう褒めれば、ポアは胸を張って得意げな表情を作る。とてもわかりやすい。神獣といえども子供は子供ということだろう。アイラはそんなポアに笑顔を送りつつ、包丁でシャリシャリと宵闇の硝子瓜を削っていった。アイラの高度な包丁技術により薄く削がれた氷状の瓜が、どんどんと皿の中にたまってゆく。薄くなればなるほど溶けるのが早くなってしまうので、手早くやるのが肝心だ。
そうして出来上がった、雪の様に儚い宵闇の硝子瓜のかき氷。
アイラはスプーンで、ルインとポアはかき氷の頭頂部に鼻先を埋める様にして食べる。ポアはこのかき氷に感銘を受けたようだった。
「すごい……いつもよりさらにシャクシャク! ヒンヤリだ!」
「でしょでしょ?」
「うむ、疲れた体にヒンヤリしたデザートが染み渡って美味いな」
ルインはポアのようにはしゃいだりせず、大人しくかき氷を食べていた。しかしルインが顔を上げた時、アイラはあることに気がついた。
「ルイン、鼻に氷の粒くっついてる」
「むっ」
ルインは何食わぬ顔で舌を出し、鼻先についていたかき氷をペロリと舐め取った。
「アイラ」
「何?」
「おかわりが欲しい」
「あっ、ボクも! ボクもおかわり欲しい!!」
ポアはルインよりさらに豪快な食べ方をしたらしく、口の周りのみならず胸元の毛までがベタベタになっていた。いつぞやの、ギリワディ大森林でカラフルベリーを食べすぎたルインのようだ。そんなポアを見てアイラは一言。
「……ポア君、食べ終わったら水浴びかなぁ」
「水遊び? ボク、水遊び大好き!!」
「水遊びじゃなくて水浴びね。じゃあ、これも凍らせてくれる?」
「わかった!」
ポアがびゅおおおと口から氷のブレスを吐き出せば、たちまち宵闇の硝子瓜は凍りつく。アイラがそれを包丁で削いでいけば、たちまちかき氷の出来上がりだ。持って帰る二、三個のみを残し、三人で宵闇の硝子瓜のかき氷をたらふく食べた。
「デザートにピッタリだったね」
「うむ。口の中に残るロック鳥の脂っぽさがサッパリと洗い流された」
「ボク、お腹ちゃぷちゃぷ」
寝ている間に魔物が襲撃してこないよう周囲に結界を張り、三人で身を寄せ合う。腹這いになって寝そべるルインに体を預け、隣にポアがいる状態なので、アイラは右も左も背中ももふもふに囲まれていた。
「すごーい、どこもかしこももふもふしてる。ポア君もあったかいんだね。毛並みは、ルインよりちょっとだけ短いかな?」
ルインの毛はアイラの指が埋まってしまうほど長く、それはもう柔らかくてもふもふしているのだが、それに比べるとポアの毛はやや短めでハリがある。とはいえどちらも触り心地は抜群だし、火狐族のルインと子供のポアは体温が高めでくっついていると暖かく、こんな剥き出しの場所でも安心できる。
「……あったかぁ〜」
「うむ」
「……むにゃ……」
ちらりと隣に視線を移せば、すでにポアは夢の中に入りつつあるようだった。目を細め、唇は弧を描いており、とても幸せそうだ。背後から伝わってくるルインの息遣いも規則正しく穏やかだ。目を閉じてじっとしていると一日の疲労と満腹の心地よさでアイラもすぐに眠くなり、あっという間に夢の世界へと落ちていった。






