宵闇の硝子瓜を探して②
「ワイバーンを倒したんだから、きっと今のボクなら他の魔物も楽勝なはず!」
先ほどの戦闘で自信をつけたらしいポアが、先を飛びながらそんな風に言っている。
「ボクのブレス、見たでしょ? ビャッコ族は氷のブレスを吐くんだけど、その威力は凄まじいんだ。ジジ様やババ様が本気を出せば、周り全部を氷漬けにできちゃうくらいなんだぞ。きっとボクも、そのうちそのくらい強くなるに違いないねっ」
アイラの目線あたりを飛びながら、かなり自慢げな様子だった。
得意そうに語るポアに、ルインが忠告をする。
「そうそう上手くいくわけじゃない。調子に乗らないほうがいいぞ」
「またまたぁ。今のボクなら、何がきてもだいじょーぶ……」
ポアの言葉が終わらないうちに、何かが飛翔する音が聞こえる。
明るかったはずの空が暗くなり、突然夜が来たかのようだった。
見上げればそこには、ワイバーンの群れが。その数、十体。
「!? え!? な、なんでこんなにいっぱい!?」
ポアは一瞬パニックになったが、すぐさま気を引き締め、ワイバーンに立ち向かおうとする。
「よ、よーし。ボクにかかれば、こんなやつら……!」
「ポア君、ストップ」
アイラは今にもワイバーンに飛びかかろうとするポアの首根っこを掴んで止めた。ポアは四肢をじたじたさせて抵抗しているが、そんなものに動じるアイラではない。
「なにするんだっ」
「さすがに十体のワイバーンを倒すのは無理だから、ここは隠れてやり過ごすよ」
「かくれる!?」
首をぐるんとこちらに向けたポアが、猛然と抗議をした。
「ボクは勇敢なビャッコ族の戦士だぞ。かくれるなんて、もってのほか!」
「つい昨日まで、魔物が出るたびにあたしたちの背中に隠れてたじゃん」
「うぐっ」
痛いところを突かれたポアが言葉を詰まらせる。
「ボ、ボクは変わるって決めたんだ……! だから、どんな敵を前にしても、逃げないんだっ!」
決然とした言葉を述べたポアは、あろうことかアイラの手に噛みつき、一瞬力が緩んだところをスルリと抜け出した。
「やぁーっ。ボクのブレスを受けてみろ!」などと叫びながら、十体のワイバーンに向かって突っ込んでいく。
「げっ。しまった」
アイラは自分の失態に短く毒づき、噛まれた右手をブラブラと振る。
アイラが見ている先で、ポアは瞬く間に十体のワイバーンに包囲され姿が見えなくなってしまった。「うああああ!」という情けない声だけが聞こえる。既に戦意は喪失していそうだ。
ルインが一つ息を吐き、面倒臭そうに呟いた。
「まったく世話の焼ける子供だな」
「あたしも助けに入ろうか?」
「いや、オレ一人でいい。アイラはどこかワイバーンの手の届かないところに逃げていろ。後で追いかける」
「わかった」
ルインは前足でガリガリと地面を引っ掻くと、軽く体を曲げて跳躍した。
渓谷の間を飛び交う十体のワイバーンの群れに迷うことなく突撃するルインを見送り、アイラはどこに隠れようかなとキョロキョロする。
ワイバーンは大きいので、狭い場所に逃げ込めば襲ってこない。
洞窟などがあれば一番いいのだが、残念ながらそう都合よく洞窟があるわけがない。
少し迷ったアイラだったが、崖の上に木が密集して生えている場所があったので、そこに行くことにした。
ここならば木々が視界を遮ってアイラたちの姿を隠してくれるだろうし、ワイバーンが強襲を仕掛けてくることもない。
川を離れ、岩の表面の凹凸を使って崖を登り、林の中に身を隠す。
「ピギィッ」
「ピッ、ピギギッ」
「あ、スライム」
だがしかし逃げ込んだ先の林の中は、スライムの宝庫だった。
体が青く透き通ったスライムは一見するとただのスライムなのだが、よく見ると体の内側がボコボコシュワシュワと泡立っている。
不思議に思ったアイラは、早速鑑定魔導具を使ってこのスライムの正体を確かめてみた。
【ソーダスライム】
スライムの亜種。水魔法を使う。食用可能で、主に飲料に使える。
「へぇー、飲料ね……」
スライムたちは突如現れたアイラに怯み、後退りし、そして林の奥深くへと潜り込んでしまった。
「あっ、いっちゃった。……まあいっか。ポア君の修行相手に取っておこうっと」
魔法が使えると言ってもスライムだし、アイラを見て逃げるくらいなのだからそんなに強くないだろう。ポアの相手にちょうどいい。
そんな風に思いながら林の中で木にもたれかかってルインたちを待つ。
さほど時間が経たないうちに、ルインが茂みをかき分けてやってきた。
口に咥えられたポアが、ぶらぶらと揺れている。
その顔は非常に打ちひしがれていて、完全に精神が折れてしまっているようだった。
ルインは口をパッと開けて、雑にポアを草むらに転がした。
「うぐっ」
受け身がうまく取れなかったポアが、腹からべちゃっと落ちて潰れる。
ルインはそんなポアを気にせず、上空を見て耳を澄ませる。アイラもルインに倣った。
ワイバーンたちの怒りの鳴き声と羽ばたきの音が聞こえたが、段々と遠くなり、やがては静かになった。
「行ったみたいだな」
「だね」
「さて」
ルインがポアを見下ろす。そこでは、未だ地面に伏せったままのポアの姿があった。
「うぅ…いたい……なにすんだよぉ……」
抗議の声を上げるポアだったが、ルインの顔を見た途端ギョッとして後ずさる。
いつも穏やかなルインの顔は凄みに満ちていて、全身から静かな怒りのオーラが発せられていた。
「お前はさっき、死んでいてもおかしくなかった」
「……う……」
「お前一人が向こう見ずに死ぬならば、まだいい。それはお前の勝手だ。だがお前は、オレたちまでもを危険に晒した」
「…………」
「探索では、自分の力量を理解することが重要だ。そうでなければ、あっという間に全滅する」
「…………」
「何か言うことは」
「…………ごめんなさい」
ポアの声は消えそうなほどか細く、震えている。
うなだれたポアの目から、大粒の涙がポタリ、ポタリとこぼれ落ちた。
ルインが鼻から重々しく息を吐き出す。
「自分に自信を持つのはいいことだが、調子に乗るのはダメだ。まずはそこのところから自覚するがいい」
「……うん」
ルインの言葉は厳しいが、口調は決して荒くない。
ポアのことを考え、どうしたら彼が成長するのかを考え、そうして出てきたものというのがよくわかる。
ポアにもそれが伝わったようだった。
顔を上げたポアは、先ほどの打ちひしがれた様子も、すねた様子も見せない。
「ごめんなさい。ボク、これからは、ちゃんとアイラとルイン先輩の言うことを聞く」
「そうだ。その意気だ」
ルインは大きく頷いた。
だがアイラにはひとつ、納得できないことがある。
「なんであたしは呼び捨てで、ルインは先輩なの?」
「ルイン先輩は同じ神族だからっ」
「そんな理由?」
「ボクに取っては、とても大事なことだ!」
「ちょっと腑に落ちないけど……まあいいや」
アイラは林の奥を指差す。
「さっきスライムの亜種が奥に逃げていったから、それの討伐から始めようよ」
「スライムか、それならちょうどいいな。アイラも初めのうちは、日がな一日スライムを倒していたことだし」
「そうそう。初心者にはちょうどいい相手だよね」






