宵闇の硝子瓜を探して①
翌朝、宵闇の硝子瓜を探しに出発した三人だったが、先頭を行くのはポアだった。昨夜のやりとりでやる気を出したポアは、小さな羽をパタパタと動かし、ちょうどアイラの目線あたりを飛んでいる。
「アイラッ、今日からボクが魔物を倒すからっ。手助けは、いらないから!」
「わかった」
アイラはポアの言葉に頷いた。
とりあえず好きにやらせて、危なくなったら手を出そうと思っている。
ポアのやる気を削がないように、ほどよく弱い魔物が出ればいいなぁ。できれば、スライムの亜種くらいの。いきなりロック鳥なんかが出てきたら困り物だ。
とはいえここは訓練場でもなんでもなく、れっきとした外の世界。それも女神の恩恵が届かない魔境である。どんな魔物がでてくるのかは、アイラにもわからない。
アイラとルインは何が出てきてもいいように気を引き締め、周囲に気を配りながらポアの後をついて歩いた。
今、三人は川沿いをひたすら西に向かって歩いている。川の水面は朝日を反射して光っており、群青色の水がキラキラと輝いていてとても美しい。
現在の場所を蛇行する川幅は横たわったアイラ三人分ほどはあり、流れは急で、歩いて渡るのは不可能だ。もし川の反対側に宵闇の硝子瓜が生えていたら、飛べるポアに採取をお願いしよう。
川の流れる水音だけが響く中、三人は黙々と川沿いを歩く。ポアは初めのうちは緊張感を持って先を飛んでいたが、魔物が全く出て来ないのでだんだんと集中力をなくしていた。
「なぁなぁ、アイラ。このまま何も出ないんじゃないか?」
「さすがにそれはないと思うけど」
「そうだぞ。何がどうでてくるかわからないのが探索というものだ。もっと気を引き締めろ」
「そうは言っても、ずっと気を張ってるなんて無理じゃないかなー。魔物もまだ寝てたり、それかこのあたりはあんまり出ない場所だったりして」
ポアは子供にありがちな、自分に都合のいい妄想を並べ立て、アイラたちの方を向いて後ろ向きで飛び始めた。
「それか、アイラたちが強すぎて、びびって出て来なくなったんじゃないか? あんなに暴れたんじゃ、そう思われるのも無理ない……」
ポアが自分の考えを自信満々に喋っていたその時、頭上からバッサバッサと羽ばたきの音がした。三人の上に大きな影が落ちる。見上げればそこには、フェーレ大渓谷を縦横無尽に飛び回る魔物、ワイバーンの姿が。
「あっ、うっ、うああああ! ワイバーン!!」
ポアはさっきまでの威勢の良さはどこへやら、涙目でそう叫ぶと、さっとアイラの後ろに隠れた。
「おおきい! こわい!!」
しかしアイラは、背中で泣き叫ぶポアのもふもふした毛をむんずとつかみ、前へと押し出した。
「わああああ! なにすんだよおおお!」
「倒すんでしょ、魔物!」
「むりっ、むりだよおおお! 最初はもっと小さい魔物にしようよおおお!」
「わがまま言わない!」
わぁわぁ泣き喚くポアの尻をぐいぐいと押して、ワイバーンの前へと移動させる。その様は、泣き喚く子どもを凶悪な魔物の生贄に差し出す村人の図のようだった。しかしアイラは非情ではない。
「とりあえずやってみて、ダメそうだったらあたしとルインがなんとかするから」
「でっ、でもぉ……!」
「一人前になりたいんでしょ?」
その言葉に、ポアがハッとしたように顔をあげた。目には涙の膜が張り、泣いたので顔はぐしゃぐしゃだったが、それでも覚悟を決めた様に一つ頷く。
「わかった……ボク、やってみる」
「よし、じゃあ、無理はしない様に! 竜種の弱点は喉の下の逆さに生えた鱗だよ。狙って攻撃してみよっか」
「うん!」
ポアはキッとワイバーンを睨んだ。
灰色の鱗、縦に黒い瞳孔が走った瞳。翼を広げて威嚇する様は恐ろしく、まだ小さいポアなどひと飲みでペロリと平らげてしまうだろう。
それでもポアは、先ほどまでの様にわめいたりせず、小さな体でワイバーンに突撃をしかけた。
アイラは何が起こってもポアをサポートできるよう、ファントムクリーバーを抜いておく。ルインも臨戦体制だ。
アイラのアドバイス通り、ポアはワイバーンの喉下を攻撃すべく距離を縮めている。ワイバーンは向かってきたポアをいい餌だと思ったらしく、鉤爪のついた足でつかもうとした。
しかしポアは小柄な体を生かしてそれを回避、どうにかワイバーンの喉元にたどりつこうと必死に翼を動かしている。
が、ワイバーンはポアの狙いに気づいたのか、両翼を羽ばたかせて突風を起こした。強風はアイラたちのいる地上にまで届き、踏ん張らないと立っていられないほどの風に、空中にいる小さなポアの体など簡単に流されてしまう。
「わ、わ、わあっ」
ポアのバランスが崩れて後方に吹き飛んだ。それを見逃すワイバーンではない。
「ガアアアアッ!」
雄叫びを上げて強襲をしかけるワイバーンがポアに食らいつこうとする。それを助けたのは、ルインの火球だった。狙い違わずワイバーンに命中した火球が爆ぜる。喉下ではないが、それでもあたった箇所の鱗が焦げて煙がでていた。ワイバーンはずっと見据えていたポアから目を離し、地上にいるルインをぎろりと睨みつける。
「よし……いまだっ」
ポアはルインに意識が逸れたワイバーンの隙を逃さず、即座に体勢を整え、ワイバーンの喉下にサッと入り込んだ。
そのままぷくっと頬を膨らませ、氷のブレスを吐き出す。ポアの小さな体から繰り出されるにしては、そのブレスの殺傷力は強かった。氷の粒が大きく、一つが見事ワイバーンの弱点にぶつかり、ワイバーンは痛さに苦悶に満ちた声を上げる。
ポアは怯まなかった。
ブレスを吐き続け、弱点をとにかく攻撃し続ける。
喉下に集中攻撃を浴び、鱗が見る見るうちに傷つき、爛れ、血が噴き出した。
飛び回りながら連続でブレスを吐いているポアが苦しげな顔をした。
しかしここで攻撃の手を緩めてしまうと台無しだ。
ワイバーンが翼の先についた鋭い爪でポアを攻撃しようとする。これに反応したのは、またもやルインだった。
ルインの火球がポアを攻撃しようとしていたワイバーンの爪に当たり、炸裂する。そうしてからルインは、ポアを励ますように大声を上げた。
「効いてるぞ、ポア。あとちょっとだ!」
ポアのブレスが一段と強くなる。
氷と吹雪が入り混じったブレスは、まるで矢尻のように鋭くワイバーンの喉下を抉った。
やがてワイバーンの動きがピタリと止まると、空中で体がぐらりと傾き、そのまま地上に落ちていく。
土埃を巻き上げて倒れた体のそばまでポアが降りて行き、おそるおそる前足でつついてみた。
動かない。
見開いた目は虚空を映していて、何も見ていなかった。
「あ……や、やった。倒したっ!」
「やるじゃん、ポア君!」
「うむ、見事であったぞ」
アイラとルインもそばまで行き、ワイバーンを見た。完全に絶命している。
「ボク、倒せたっ! 手伝ってもらったけど、できたっ!」
「うんうん、すごいすごい!」
アイラは、目を輝かせて喜ぶポアに拍手を送った。ポアは「わーい!」と喜びながらワイバーンの上をぐるぐる旋回していた。これで少しでも自信を持てたならば何よりだ。
「よーし、じゃー、ポア君が倒したこのワイバーンを食べて、ひと休憩にしよっか!」
「それはいいな」
「うん! ボク、また焼肉がいい!」
「オッケー、焼肉ね!」
ポアが討伐した記念すべきワイバーンを再び焼肉にする。
ワイバーンは何度も何度も調理したことがあるので、アイラからすれば慣れたものだ。
捌く、切る、炒める、最後にソースをかければ完成だ。
さほど時間をかけずに作ったワイバーンの焼肉をたらふく食べ、翼の部分もきっちりと炙って頂いた。
おいしい昼食を終えた三人は、元気いっぱいに再び西端を目指して歩き出したのだった。






