ロック鳥の丸焼きとスクランブルエッグ
まずはロック鳥の羽をむしり、鳥肌をさらし、素早く解体処理を施してから肉の塊へと変貌させる。せっかく手に入った貴重な食材だ。余すところなく美味しく頂くべく、アイラは丁寧に捌いていく。
内臓を丁寧に取り除き、中を空洞にしたら、そこに携帯食料のパンを詰め込んだ。枝を集めて戻ってきたルインが興味深そうにアイラが調理している手元を見つめてきた。
「パンを入れるのか?」
「うん。鶏肉の旨味を吸って美味しく出来上がるんだよ。……これでよしっと」
仕上げに、日中捕獲したハーブ系魔物のシブレットを刻んで肉の表面に塩胡椒と一緒にすり込めば準備は完了だ。
「蒸し焼きにしたいんだけど大きさ的に無理だから、吊るして焼こうっと」
アイラはロック鳥を糸でぐるぐる巻きにして三角形に固定されている鉄の棒の中心から吊るし、真下で火を熾した。
枯れ枝に火が移って勢いよく燃え出す。
「卵は溶いてスクランブルエッグにしよっと」
大きな卵を尖った石に叩きつけ、亀裂を入れて鉄鍋に中身を落とし込む。ロック鳥の卵は、透明な白身の真ん中に薄い黄色の黄身がこんもり盛り上がっていて、世にも美しい色合いをしていた。
まるで、水面に映って淡い光を発する満月のようだ。
鉄鍋の中にフライ返しを突っ込んで、カッカッと卵を溶きほぐした。
「チーズも入れちゃえ」
塊のチーズをナイフで削ぎ切りにして卵液の中に落とす。そうしてできた鉄鍋を、鳥の丸焼きの真下にフックで吊るした。
火力は中火程度だが、卵はすぐに火が通る。アイラは鉄鍋の中でフライ返しを波を描く様に動かしつつ、卵に火が通るのを待った。ポツリポツリと上からロック鳥の肉汁が垂れてきて、火が通りつつある卵液に吸い込まれていく。完全に火が通ったら、三つの皿に素早くフライ返しで等分して載せた。
「はい、ロック鳥の卵とチーズのスクランブルエッグだよ。メインが焼けるまでの間、食べて待っててね」
「おぉ」
「うわぁーおいしそう」
二人は早速皿に鼻を突っ込んで匂いを嗅ぎ出した。
ルインの大きな舌がスクランブルエッグを掬い、一口で皿に載った全てを食べてしまう。もぐもぐ、ごくんとしたルインが、期待に満ちた目でアイラを見た。
「これは美味いぞ、アイラ。チーズのトロッとした感じも最高だ」
「うんうん、本当に!」
ポアもブンブンと首を縦に振っている。見ればポアは、空になった皿を名残惜しそうに舐めていた。
朝に食べたワイバーンの焼肉で、料理に対する警戒心は完全になくなったらしい。
「ロック鳥の卵は卵の味が濃いな。大きいから食べ応えもあるし、腹にずしっと溜まる味だ」
「ボク、この料理、いくらでも食べられる!」
「えー、そんなに美味しいって言われると、あたしも気になってくるなぁ」
既に空腹でお腹がぐーぐー鳴っていたアイラは、それでもルインたちのようにスクランブルエッグに鼻から齧り付いたりはしない。
代わりに、スプーンを持って豪快にスクランブルエッグの塊をすくい取った。
「どれどれ」
パクッ。
その瞬間、アイラの口内で卵の濃厚な旨味が弾け、続いてチーズのまろやかな味わいが続いた。
ルインたちが言う通りロック鳥の卵は色味は薄いが味は濃く、それはそれは美味しい。
「んーっ、本当だ、絶品!」
「こうなると肉の方も俄然楽しみだな」
「卵が美味しいなら肉もきっと美味しいもんね!」
アイラはルインの言葉に激しく同意した。
一同の目は焚き火の上に吊るされている鳥の丸焼きに釘付けだ。
すでに肉が焼けるいい香りが周囲に漂っており、しかも今回は中に詰め物をしているので、パンの焼ける匂いやかすかにハーブの清涼な香りさえも混じっている。 実に複雑で美味しそうな香り。早く食べたい。
「早く食べたい!」
「うむ、早く食べたいな!」
「食べたいねー!」
三人は焼ける鳥を見ながら「早く食べたい!」と大合唱をし続けた。声の大きさに驚いたハーブ系魔物のシブレットが近くでバタバタと気絶して死んだふりをしているのだが、肉を待っている三人はそれにすら気づかなかった。
そして待つこと小一時間。
「ついに! お肉が! 焼けた!」
「うむ、焼けたな!」
「焼けた!」
待望の肉が焼けた。メインディッシュの登場に、三人のテンションは俄然あがる。
いそいそと棒から肉を外し、包丁で豪快に三等分に切り分けた。
途端、ホコホコと湯気が立ち上り、ハーブと程よく焼けたパン、そして肉の暴力的なまでに良い香りが鼻をくすぐる。
「うわぁー!」と三人は異口同音に声を発し、それから各々の皿に取り分けたロック鳥の丸焼きに齧り付いた。
「…………!」
それは、至高の味わいだった。
外皮はパリパリ、中はしっとりジューシーで、表面にまぶされた塩胡椒とハーブのおかげでいい味わいとなっている。
そして中のパンだ。
内臓を取り出して代わりに鳥の中に詰め込まれたパンは鳥の脂を吸い込んで、しっとり柔らか、そして極上の旨味を醸し出していた。
「ロック鳥の丸焼き、おいし……!」
「うむ。パルモ高地で食べたアンクルゴートも美味かったが、手が込んでいる分こっちの方が美味いな」
「お前、天才だな! こんなに美味しい食べ物があるなんて!」
ポアはすっかりアイラに餌付けされたようで、感動している。
あっという間に食事が済んで後片付けをする。
片付けはアイラの担当だ。
なにせルインの四つ足は、調理や片付けといった細かな作業に向いていない。
川の水を汲んで洗い物をしている間、ルインは見張り役をしてくれている。
焚き火はまだそのままにしていた。
野営の間火を焚くかどうかというのは、意見が分かれるところだろう。
火があると自分たちの居場所を教えることになり、魔物が集まってくると言う人。
魔物は火を恐れるから、魔物避けになっていいと言う人。
アイラたちは基本的に眠るまで火を焚いている。
明るいほうが気分が上がるし、小腹が空いたらちょっとしたものを炙って食べられるので、火があったほうが便利なのだ。
そんな風にアイラとルインで役割分担をして作業をしていると、河原に寝そべってぼんやり火を見つめていたポアが、ポツリと独り言のようなものをこぼした。
「お前たち、強いんだな……」
アイラとルインは同時にポアを見る。
その声と表情には尊敬とか畏怖とかではなく、なぜだか自分を卑下する様な色合いが混じっているのに気がついた。心なしか元気もなさそうだ。
探索で疲れたのかなとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
アイラはお皿や鉄鍋といった道具を一箇所にまとめて置くと、ポアに近づき、目線を合わせるためにしゃがみこんだ。
アイラが近づいてきたことに気がついているはずなのに、ポアは顔を上げず、焚き火を見つめたままだ。
アイラはポアに、努めて優しい声をかけた。
「どしたの?」
「……」
ポアは前足で河原を意味もなくガシガシと掻いた後、目を上げる。
透き通った青い目には、不安や心配、やるせなさのようなものが宿っていた。
「ボクは、一人前になるために神域を出てここにいる。なのに、一人じゃ言われたものをどれ一つ持って来られない。それどころか、お前たちの後ろに隠れているだけだ……。お父さんお母さんにも、ジジ様ババ様にも、すぐに一人前になってやる! って言って出てきたのに、全然ダメダメだ……」
なるほどポアは己の力不足に悩んでいるらしい。
アイラは、ポアの気持ちがよくわかった。
子供の頃のアイラも同じように悩んだことがあるからだ。
出会った頃から最強だったシーカーとルインに比べて、アイラは何にもできなくて、魔法もうまく発動できなくてしょっちゅう失敗する日々。悔しくて悔しくて、涙を流したのも一度や二度ではない。
それでも、ダメな自分を自覚して、このままじゃいけないと思っているならば、大丈夫だ。
立ち上がって、前を向いて、進んでいける力がポアの中には備わっている。
それこそが成長するための鍵だ。
アイラはルインと目を合わせ、軽く頷いた。おそらくルインも、同じように思っているに違いない。
そして多くを語らずに、こう提案してみた。
「じゃ、明日からは、魔物討伐に参加してみる?」
「うむ。実践が一番成長が早いからな」
「え……それは……」
言い淀んだポアだったが、すぐに唇を引き結んだ。髭がピンと伸び、凛々しい顔つきになる。
「う、うんっ。やってみるっ」
「そうこなくっちゃ」
「神族の血を引いているんだ。ここらの魔物くらい、すぐに倒せるようになる」
「うんっ、がんばるっ」
幼い白虎族のポアは、アイラとルインの言葉に何度も頷き、自分に気合を入れていた。






