風立ちぬ
ギリワディ大森林を北東に探索して行くと、突如開けた場所に出る。
鬱蒼とした木々は忽然と姿を消し、一面が草に覆われた平原。
名前をギル草原という。
草原から見えるのは、峰の頂に白い雪を乗せ、灰色の岩肌を持つフェーレ山脈。そしてフェーレ山脈の手前に走る、フェーレ大渓谷。
さわさわと、草の上を風が吹き抜ける。
その風は魔物や人間が魔法で生み出すものではなく、眼前にそびえるフェーレ山脈からやってきた自然のものだ。
雪原であるルーメンガルドにほど近いせいで吹き抜ける風は冷気を含んでいる。それがルインには心地よかった。火狐族たるルインは体内に火嚢と呼ばれる炎の元になる魔力を蓄えておく内蔵があり、そのせいで体温が高い。
ルインは目を細め、少しの肌寒さを含んだその風を無防備に浴び、全身で堪能した。赤橙色の毛が向かい風になびき、毛先が揺れる。
心地よさに目を細め、四肢を折って草の上に腹をつけて座り込んだ。
今、ルインは、ギル草原でアイラを待っていた。
バベルからルインの足でも片道四日かかるこの場所は、長期での探索が可能なようにしっかりした探索拠点が設けられていた。草原にはドーム型の大型テントのほか、三角形の小型テントが点在しており、テント村の周囲には結界が張られている上に魔物避けの魔法薬までもがギルド職員の手によって定期的に撒かれている。
全ては、ギリワディ大森林およびフェーレ大渓谷を探索する冒険者のために用意されたものだ。
草原には冒険者の姿が点在し、テント前で火を熾している者もいる。食事の支度なのだろう、煙に混じって肉の焼ける匂いがルインの鼻まで届いてきた。
ついさっき朝食を済ませたばかりだというのに、思わず腹の虫が鳴る。アイラが戻ってきたら、昼食用に狩りをしに行こう。
魔物避けの魔法薬が使われているので、草原に魔物の姿はない。肉を狩るなら渓谷まで行く必要がある。
広がる草原は萌黄色で、草はルインの腹に届くくらいまで伸びている。ところどころに黄色や薄桃色の小さな花が咲いており、それがルインの毛同様そよそよと風に揺れている。時折草の上をピンピンと羽虫が飛んでいた。
それらの光景を眺めながら、ルインは髭をヒクヒクさせる。
「……平和だな……」
「ほんとだねぇ」
ルインの横から、子供らしき高い声が聞こえてきた。ルインは目を瞑ったまま、声に返事をする。
「お前もそう思うか」
「うん、思う思う。外の世界が、こんなに素敵だなんて!」
はしゃいだ声が実に子供っぽい。どうやら、まだ探索にほとんど出かけたことがないらしい。駆け出し冒険者というやつかもしれない。
ルインはスッと目を開けて、自身の隣にいる声の主を確かめた。
その者は、全身が黒い模様が入った白いふかふかな体毛で覆われ、背中から白い羽を生やした小さな四つ足の生物だった。目はアイラよりも濃い青で、耳は丸く尻尾は長く、犬とも猫ともちがう、ましてや狐でもない。
「……ん??」
ルインは不思議な生き物を目の当たりにして首を傾げた。
「ん?」
すると、不思議生物も真似するように首を傾げた。
ルインはキョロキョロと周囲を見渡す。少し先の焚き火で串焼きのソーセージを頬張っている冒険者の姿があった。ルインは前足でその冒険者らを指し示す。
「……あいつらの従魔か?」
「ジューマ? ってなに?」
「オレが聞いたところによると、人間と行動を共にしている魔物という意味らしい」
「じゃあ、ちがうよ。ボクはついさっき、ここにきたばっかりだし」
「んん?」
ルインは首を傾げた。今現在ルインたちがいる場所に、魔物は立ち入れないはずだが、ならばこの生き物はどうやって入ってきたのだろう。
そこまで考えたところで、「おーい」と聞き慣れたアイラの声が耳に届いた。
「宿泊用のテントの手続き終わったよーって……あれ?」
アイラは草をかき分けてルインのところまでやって来て、そこでルインの隣にいる生き物に目を向けた。
「なに、この白くてもふもふした生き物は……魔物?」
「まものじゃないよ!」
白い生き物は顎を反らせて誇らしげにこう名乗った。
「ボクは、ビャッコ族! 神族の末裔ビャッコ族のポアだ!」
「え……神族?」
「そう!」
「それって、ルインと一緒じゃん」
「あぁ……言われてみれば、そうだな」
自身の種族になどまるで頓着していないルインは、のんびりとそう答えた。
ーーギル草原の上を、ルーメンガルドから来た冷たい風がぴうっと吹き抜けた。






