シトロンの砂糖漬けと薬師師弟②
バベルの十八階にあるアッカー魔法薬店の古びた扉を開くと、相変わらず煎じた薬草や煮詰めた薬の匂いがする。こざっぱりした店内にはさまざまな効能の魔法薬がガラス瓶に詰められて並んでいて、客の手に取られるのをじっと待っていた。
店の奥から金髪の少年が顔を出し、元気な挨拶をした。
「いらっしゃいませ! ……あれ? アイラさんだ!」
「やっほ、リアム君。様子見に来ちゃった。もう体は平気?」
「はい、おかげさまで元気です! おじいちゃんも呼びますね。おじいちゃーん!」
「んああ……何じゃ、どうしたんじゃ」
「アイラさんが来てくれたよ!」
「おぉう」
ベン老人は相変わらずガクガクした足取りでやって来ると、店の棚に並んでいる魔法薬を抱えるだけ抱えてアイラに差し出す。
「この間はどうもありがとうのう。これはほんの礼じゃ。持っていけ」
「え? いいの?」
「おう。ラベルが貼ってあるのでわかると思うが、こっちの少し丸っこい瓶のは魔力回復薬、こっちのコルクが尖っているのが外傷薬、六角形の瓶は内服薬、三角の瓶は解毒剤。そんでもって平たい瓶は塗り薬じゃ」
「わー、こんなにいっぱいありがとう」
「なんの。お主は孫の命の恩人じゃ。これくらいは当然のことじゃよ」
「じゃあこれは、あたしからのお裾分け。シトロンの白い部分を煮詰めて作った砂糖漬けだよ」
アイラが手にしていた瓶を店のカウンターに置くと、ベン老人もリアムも揃って首を横に振った。
「これ以上厚意に甘えるわけにはいきません」
「そうじゃ」
「いっぱい作ったから食べてほしいじゃん。美味しくできてるよ〜、美味しさをお裾分けだよ、ほらほら」
アイラが瓶の蓋をねじって開けると、周囲に柑橘と砂糖の甘酸っぱい香りが漂った。ベン老人とリアムの二人の目が、透明な瓶の中に詰まった砂糖漬けに釘付けになり、ごくりと生唾を飲んで喉仏が上下した。
「せっかくだから味見に取っておきなよ。ちょっとでもいいからさ。竜商隊の人たちが高い砂糖使わせてくれたから、滅多に食べられない美味しい仕上がりになってるんだよ。この紙の上に置いておくからね!」
カウンターの上に置いてあった新品の羊皮紙を引き寄せて、その上に砂糖漬けの小山を作る。こんもり盛られた砂糖漬けを見て、ベン老人もリアムも困惑した、己の心と葛藤している表情を浮かべている。アイラは気にせず瓶の中から砂糖漬けを一つ摘んで口に放り込んだ。シャリシャリといういい音が響く。ベン老人とリアムは顔を見合わせ、恐る恐るといった風にアイラに確認をとってきた。
「……本当に、いただいてしまっていいんですか?」
「いーのいーの。リアム君には貴重なマドンナをいっぱいもらっちゃったし。あれすっごい美味しいね! びっくりしちゃった!」
「いえ、あの時の僕にはあれくらいしかできることがなかったので……」
会話をしながらもリアムの視線は羊皮紙の上の砂糖漬けをチラチラと見ている。ベン老人はそんなリアムを咎めるかのようにビシッと肘のあたりを打った。
「いたっ」
「お前、恩を忘れたわけじゃないじゃろうな」
「忘れるわけないよ」
「ふむ? 砂糖漬けに目が釘付けのようじゃが?」
「なっ……じいちゃんだって、さっき唾飲み込んでたくせに」
「あれはたまたま口の中に唾液が溜まっていただけじゃ」
二人のやりとりを聞いて、アイラは思わず声を上げて笑った。
「あははっ、そんな遠慮しなくていいってば! まあ、この砂糖漬けはここに置いていくから好きに処分して。できれば食べてほしいけど」
「お前さん、気前良いのう」
「美味しく作れたんだから、みんなに食べてほしいじゃん?」
そう言いながら、アイラは瓶からもうひつつ砂糖漬けを摘んだ。さっき貴賓室のキッチンでルインとエルミニオと一緒に食べたばかりだというのに、またしても食べる手が止まらなくなってしまいそうだ。
美味しそうに食べるアイラにつられたのか、ベン老人とリアムは顔を見合わせ、おずおずと、本当に申し訳なさそうな顔をしながらも羊皮紙の上の砂糖漬けに手を伸ばした。ぱくり、と頬張った瞬間、二人の顔つきが変わる。リアムはわかりやすく目を見開き、顔の半分が眉毛と髭で覆われていてイマイチ表情がわからないベン老人は、そのボサボサの眉毛が上がった。
「お……美味しい! 上品な甘さで、それでいてさっぱりしていて……!」
「シトロンの砂糖漬けは今までに何度も食べてきたが、ここまで美味いのは初めてじゃのう……!」
「でしょでしょ? 手間暇かけたし、素材がいいもの使ってるからね〜!」
それから二人はもう遠慮することなく、パクパクと砂糖漬けに手を伸ばしては口の中に放り込んでいった。
「アイラさんの方からお越しいただいて助かりました。なにせ、住んでいる場所がわからないので……竜商隊の方々には昨日改めてお礼に行ったんですけど」
「あ、そうなんだ? わざわざ偉いね〜」
「とてもご迷惑をおかけしてしまったので。フィルムディアご一族にはさすがにお会いできませんでしたが……」
「割と気さくな人たちだから、呼べばいつでもきてくれるよ?」
「そんなことできるのは、アイラさんが本当に実力がある冒険者だからですよ……」
「まああたしは冒険者っていうより料理人だけど」
「今回の件で、孫にはしばらく使いに出てもらうのは止めにした。バベルの中で迷子になってるくらいならいいが、外で行方不明になるのは困り物じゃからのう」
「まー確かにね。助かってよかったね」
「すべてお前さんのおかげじゃ。お前さんがこの店の客でよかったわい」
羊皮紙の上の砂糖漬けの最後の一つがなくなり、アイラはお土産にもらった瓶を抱え直す。
「お前さん、薬が足りなくなったらいつでも遠慮なく来るがええぞ。遠慮なく」
「うん、ありがと!」
「またのお越しをお待ちしています!」
薬師の師弟に見送られ、アイラはアッカー魔法薬店を後にした。扉を開けて店の外に出れば、そこにはうたた寝をしているルインがいる。
「おわったのか」
「うん。お土産に魔法薬をいっぱいもらっちゃった」
「それがあれば、また探索に出かけられるな」
「そうだね。竜商隊から買った便利なポーチもあるし、探索がもっと捗るね!」
「なんだその便利なポーチとは?」
「あれ? ルインにまだ話してなかったっけ? あのねー、見た目はただのポーチなんだけど、ものっすごく収納できるポーチを買ってね……」
アイラはルインに説明しながら歩き出す。
その手にはさまざまな種類の魔法薬と、砂糖漬けのシトロンが入った大瓶を抱えている。
今回の探索も実りあるものになり、美味しいものを食べられて大満足なアイラは、ひとまずこのたくさんのお土産をしまうためにバベルの四十二階にある自室へと向かうのだった。
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