シトロンの砂糖漬けと薬師師弟
バベルの上層部、貴賓室のキッチン。その場所でアイラは竜商隊の見習い商人、エルミニオと一緒に鍋いっぱいにシトロンの白い果皮を煮込んでいた。
「やっとシトロンの砂糖漬けが作れる!」
「この量の砂糖漬けを作ったら、他国に持って行って売れますね」
エルミニオは寸胴鍋を必死に掻き回していた。
シトロンの砂糖漬けは、前々日から仕込んでおいたものである。
収穫したその日のうちに水にさらし、翌日にえぐみを取るために数回茹で、再び水にさらす。そして今やっと砂糖と共に煮込んでいるというわけだ。昨日の下茹でにも顔を出したが、隊長のカテリーナや副隊長のファヴィオ、その他のメンバーの姿は見えなかった。本日もそうだ。この場所にはエルミニオとアイラとルインしかいない。
「ねえ、他の人たちはどこにいんの?」
「隊長と副隊長はフィルムディアご一族の方々と商談、他の商隊員たちはバベルで商品を売っています」
「あ、そうなんだ。なんか料理に付き合わせちゃってごめんね? 砂糖漬けならあたし一人でも作れるし、仕事してきていいよ?」
「いえいえ、この時間は砂糖漬けを作る予定になっていたので、お気遣いは不要です。それに、僕も果物の砂糖漬けが大好物なので!」
「ほんと?」
「はい。砂糖漬けにすると、普通なら食べられないような部分も美味しく食べられてしまうので、手間はかかっても作る価値がありますよね」
「わかるー。日持ちもするし、しかも今回は高い砂糖使ってるし、絶対美味しいやつだよコレ。食べるの楽しみ」
アイラはエルミニオと二人でぐるぐる鍋をかき回した。寸胴鍋にはどっさりのシトロンの白い果皮と砂糖、それに水が入っている。
「煮込みすぎると固くなるから注意が必要だね」
「はい」
白い果皮が半透明になったら頃合いで、このまま冷まして粗熱が取れたらバットに移す。
「よしっと。これでしばらく待って砂糖をかけたら、ようやく完成だね」
アイラは伸びをしてからキョロキョロと貴賓室を見回した。
「そういえば、スカイドラゴンたちってどこにいるの?」
「テラスですよ。会いに行きますか?」
「うん」
エルミニオについて行った先のテラスは、広場ほどの大きさだった。そこにはスカイドラゴンが五頭、悠々と寛いでいる。
「ぎゃ? ぎゃお!」
うちの一頭がアイラに気がつくと、体を起こしてどっしんどっしん近づいてきた。
「ぎゃおぎゃお!」
「あはは、シエルはすっかりアイラさんに懐いたね」
「ぎゃお〜」
エルミニオの言葉を肯定するようにスカイドラゴンのシエルがアイラの頬をベロンとなめた。圧が凄くて、思わずのけぞる。
「わっ」
「ここまでシエルが竜商隊の人以外に懐くなんて珍しい……」
「あたしの作った旨辛料理が気に入ったんじゃない?」
「ぎゃお! ぎゃお!」
「あ、ほら、首を縦に振ってる。そうらしいよ。せっかくだから、今も作ってあげよっか?」
「ぎゃ? ぎゃ〜お!!」
「え、いいんですか、アイラさん」
「いいのいいの。どうせシトロンの粗熱が取れるまで暇だし。いっぱい作ってみんなで食べよ!」
アイラの掛け声にシエルが歓喜し、他のスカイドラゴンたちも何事かと興味を示す。ルインも嬉しそうに尻尾をパタパタさせているし、そうと決まればみんなが満足する旨辛い料理を作らなければ。
「キッチン借りるね!」
アイラはとっておきの旨辛料理を作るべく、キッチンへと戻った。
テラスに寝そべる五頭のスカイドラゴンと一頭の火狐、それに二人の人間。
皆、至福の表情を浮かべており、満足そのものといった様子だ。
ルインがペロリと口の周りを舐め、呟く。
「刺激のある料理はいいな。口の中がピリリとして、思わず火を吹きそうになる」
「わかる。美味しすぎて体内の魔力が弾けちゃいそうだよね」
アイラの同意に、エルミニオが冷や汗をかいた。
「……あはは……建物内で火魔法は使わないでくださいね……僕が副隊長に怒られてしまいますし」
「ぎゃお?」
「あはは〜、冗談だよ」
からからと笑ったアイラは、腰を上げた。
「お腹もいっぱいになったところだし、そろそろデザート食べたいよね。ってことで、シトロンの仕上げに取り掛かろう!」
粗熱がとれたシトロンの白い果皮を、大きなバットの上に豪快にざざざーっとあける。ここに砂糖を豪快に投入し、手でざくざくと混ぜればオッケーだ。甘く煮詰めた白いシトロンの果皮にさらに砂糖がまぶされて、キラキラとした白い粉雪を纏ったかのような見た目になる。見た目からして贅沢な菓子が出来上がった。
「ね、エルミニオ君。スカイドラゴンは甘いもの食べるの?」
「彼らは刺激物が好きなので、甘いものは食べないです」
「そっか。じゃあ、遠慮なくあたしたちで食べちゃおうか!」
お皿の上に盛り付けられた、シトロン皮の砂糖漬け。細切りにされた白い果皮は丁寧に水にさらして煮込んだおかげでうっすらと透明になっており、さらに贅沢にも砂糖衣を着込んで洒落込んでいる。いつもいつも粗ごし糖を使っているアイラからすると、これはものすごい贅沢品だ。
「早速ひとつ……!」
アイラは砂糖漬けを指で摘んで食べてみた。
シャリッとした砂糖の食感の後にくる、煮込まれた果皮のぐにぐにした食感。
砂糖衣からダイレクトに伝わってくる砂糖そのものの甘さと、じっくり煮込んで果皮に染み込んだ甘味は、普段食べている粗ごし糖とは一線を画する上品なものだった。そこにきての、口から鼻に抜ける爽やかなシトロンの後味。この清涼さのおかげで、甘くなりがちな砂糖漬けがいくらでも食べられるお菓子に大変身している。
「おいし……!」
「うむ、これはいい味だ」
「うまくできましたね」
三人はシトロン果皮の砂糖漬けを食べる手が止まらなくなった。
シャリシャリ、グニグニとした食感が変わる瞬間が面白いし、高価な砂糖の味をいつまでも堪能していたい。
気がつくと三人で、相当量の砂糖漬けを平らげていた。エルミニオが冷や汗をかいている。
「むぐっ……これは食べ過ぎましたね」
「そう? 自分達で作ったんだし別にいいんじゃない?」
「そうだそうだ。料理は食うためにある。食べすぎても悪いことなど何もない」
「ま、まあ、そうかもしれませんけれど限度があるといいますか……後は他のメンバー用に取っておきます」
エルミニオはシトロン果皮の砂糖漬けを大きめの瓶に詰め始めた。
「はい、どうぞ。これはアイラさんの分です」
「ありがと。じゃ、遠慮なくもらうね」
「ええ。元はと言えばアイラさんが収穫したシトロンですから」
「ま、砂糖は竜商隊のメンバーからもらったものだったけどね」
アイラはひと抱えほどもある瓶を両手でしっかり持つ。ずしっとした重さの全てが砂糖漬けによる重さかと思うと、顔がにやけてくる。
「じゃあまたね、エルミニオ君。お邪魔しましたー!」
「まだしばらく滞在しているので、何かあったらまた来てください。市場の方も、顔を出してくださいね」
「うん!」
アイラとルインは揃って貴賓室を出て、バベルの下層階へと向かった。
「今日はこれからどうするんだ? 帰って寝るか?」
「ベンおじいちゃんとリアム君の様子を見に行こうかなって」
「ほう、あの二人に……何の用事だ? 薬でも買うのか?」
「違うよ。ただ、元気かなって見に行くだけ」
「そうか」
ルインはアイラの話を聞いて、黙ってついてきてくれた。






