タルト・シトロンとマドンナのプルプルゼリー
「今日は、タルトとゼリーを作るよ!」
明けて翌日、アイラは四十一階にある共同キッチンでルインにそう宣言をした。
「やっぱり柑橘類の風味を最大限に活かすなら、お菓子がいいと思うんだよね。お菓子サイコー。タルトとゼリーにするよ。まずはゼリーからね」
「なぜゼリーからなのだ」
「冷やさないと美味しく食べられないからだよ」
「言われてみれば確かにそうだな」
納得したルインは四つ足を折ってその場に横座りして、くつろぎ出した。
「ゼリーは簡単、おいしい、さっぱりしてるから暑い日にピッタリだよね〜!」
アイラはゼリーの材料を並べていく。まずはメインとなる果物。
「今回はシトロンとマドンナの両方をゼリーにしちゃうよ」
材料は果物、粗ごし糖、ゼラチン、水。以上だ。
そして作り方もとても簡単。
最初にシトロンとマドンナの果汁を絞る。マドンナは果汁だけでなく果肉も使いたいので、賽の目状に切ったものも用意した。果肉の方はあらかじめ、ゼリーの型にする予定のグラスと皿の中に投入しておく。グラスはアイラ用、皿はルイン用だ。ゼリーといえば細長いグラスを思い浮かべるが、ルインはそれだと食べにくいため皿で作る。シチューなどを盛り付ける、少し深さのある皿だ。
二つの鍋に水と粗ごし糖を火にかけて温め、ふやかしたゼラチンを加え、各々シトロンとマドンナの果汁を加える。
舌触りを良くするために一旦ザルで濾し、冷めたら器に静かに注ぎ入れ、保存用魔導具箱の中で冷やしておけばいい。簡単簡単。
「タルトは土台から作んないとね」
タルトの土台に使用する材料は、バター、粗ごし糖、塩、卵黄、アル粉の五つとシンプルだ。
まず最初に、室温に戻しておいたバターをぐるぐるまぜてクリーム状に仕上げる。そこに粗ごし糖と塩を入れ、白っぽくふんわりするまで混ぜる。
この最初の工程が、タルト生地の美味しさを決める一番の決め手と言っても過言ではない。たとえばバターが十分柔らかくなっていないからと言って、火魔法を使って溶かしたりしてはいけない。手っ取り早く液状化したバターを使っても、タルト生地がうまくさっくりふんわりとは仕上がらず、固くてバキバキになってしまう。自然に時間をかけて十分柔らかくなったバターを使うことに意味がある。
「混ぜて白くフワッとしたら、ここに卵黄を投入〜!」
アイラは卵をパカっと割り、白身は別のボウルに入れてとっておくと、黄身だけを生地作りのボウルに入れた。手早くまぜ、今度はアル粉をふるいながら加えていく。
「アル粉が入ったら、切るように混ぜる!」
縦横にさっくり切るように混ぜ、生地がまとまってきたら手で捏ねてひとまとめにする。その後、めん棒で均一に伸ばす。
「この生地を、お皿に敷きまーす」
タルトタルトと言っているが、アイラは菓子屋で使うようなタルト型なんて持っているはずがないので、パイを作った時同様に平皿で代用する。皿にタルト生地をそーっと載せ、器からはみ出さないように気をつけ、空気穴をフォークでぶすぶす空けた。
「これを焼くよ」
アイラは作り上げたタルト生地を予熱済みのオーブンに入れて焼いた。
「焼いている間に、シトロンクリームを作っちゃおうっと」
クリーム作りに使うのは、シトロンの皮、果汁、卵、バター、粗ごし糖だ。
アイラはシトロンを切って皮を刻み、果汁を絞って用意をする。
まずは鍋に、溶きほぐした卵をザルを使って濾しながら入れ、粗ごし糖、バター、シトロンの果汁を入れる。卵は漉さなくても作れるのだが、濾した方がダマにならず綺麗に作れるのだとソウが言っていた。ソウは見た目はいかつかったが、料理の手際は繊細で、割れ物を扱うかのようにそっと食材を扱う人だった。
シトロンクリームは鍋を直接火にかけるのではなく、湯煎でじっくり温めて作る。この際、お湯が冷めてしまうのを防ぐため、クリームが入った鍋より一回り大きい鍋にお湯を入れ、弱火にかけて、クリームがとろりとして鍋肌にくっつくまで混ぜる。とろみがついたら火からおろし、シトロンの果皮を加える。
「今日使わない分は瓶に入れて保存しておこうっと」
タルトに使う分だけを鍋に入れたまま、残りはガラス瓶に入れて熱いまま蓋をし、逆さにした。粗熱が取れたら保存用魔導具箱に入れて保存すればいい。
そんなことをしているうちにタルトが焼けたので、オーブンの扉を開けると、焼きたてのタルト土台から甘く香ばしい匂いが立ち上っていた。ミトンをはめた手で取り出してみると、平皿の上にきつね色にこんがり焼けたタルトの姿があった。
「うん、バッチリ。このタルトにシトロンクリームを入れて、さらにもう一工夫……!」
先ほどタルトを作る時に余った卵白。これを泡立ててふわっふわに仕上げる。
アイラはボウルを抱え込み、右手に持った泡立て器を高速回転させた。
シャカシャカシャカシャカ! という音がキッチンに響き渡る。空気を多分に含ませて泡立てると、卵白がきめ細かな白いふわふわな状態になるのだが……。
「これが結構大変なんだよね〜!」
普段、魔物討伐などで体を使うため筋力にはそこそこ自信があるが、卵白を泡立てるためにひたすら右腕だけを動かし続けるというのは地味に辛い。
「がんばれ、アイラ」
「ううう〜、あたしがんばるよ、ルイン!」
ルインの声援を受け、アイラはひたすら卵白をかき回し続けた。
泡立てのコツは、一定の方向に一気に混ぜることだ。まだシャバシャバだが白い状態の時に粗ごし糖を入れ、再びかき回す。トロトロになったら残った粗ごし糖を全部入れてここから先は休まずに泡立て器を動かし続ける。すると不思議なことに、卵白がどんどんとボウルの中でこんもり盛り上がってくる。真っ白でツヤツヤ、気泡が細かく密度の濃い状態になったら完成だ。
ようやく出来上がった卵白を、先ほどシトロンクリームを入れたタルトの上に載せていく。しっかりと泡だった卵白はある程度形を変えることができるので、アイラは気ベラを使って器用に成形した。
じっと見つめていたルインが口を開いた。
「面白い形だな」
ツンツンとツノがたった卵白は、炎のようである。
「えへへ〜、ルインの尻尾の形を真似してみたよ」
「む、なるほど」
ルインが自分の尻尾をうち振った。赤と橙色の尻尾は炎が固まったかのような形をしていて、触るとふわふわで気持ちがいい。アイラの好きなルインの尻尾を、アイラの好きなお菓子で表現してみた。
「これで完成か?」
「んーん、まだ。もうちょっと」
アイラは刻んでおいたシトロンの果皮を卵白の上にちりばめると、再びオーブンに入れた。そんなに長くは焼かない。せいぜい十分ほどだ。表面の卵白にいい感じの焼き色がついたところで、取り出す。
「完成!」
「おぉ〜。いい感じだな」
ルインが鼻をひくつかせ、胸いっぱいに焼きたてタルトの香りを吸い込んだ。胸元のふさふさした毛がぶわっと膨らんでいる。
「早速食べようよ」
「うむ、食べよう食べよう」
アイラとルインは今しがた出来上がったばかりのタルトを食べることにした。
まだ湯気が立っているタルトを、半分に切り分ける。断面はこんがり焼けたタルト生地、シトロンの薄黄色クリーム、真っ白い卵白の見事な三層だ。
アイラはフォークを使って、ルインは器用に舌ですくいあげてパクリと食べた。
まず最初に、タルトのサクッとした生地の食感が来て、それからシトロンクリームのなめらかさが来て、次に泡立てた卵白のふんわりした不思議な食感が来たかと思ったら溶けるように消えていき、最後にオーブンで焼いた表面の卵白のカリカリした食感が来た。
歯ごたえだけで、このバリエーション。
肝心の味はといえば、真ん中に挟まったシトロンクリームの爽やかな甘酸っぱさと、食感同様儚い甘さの卵白を、土台のタルトがしっかりと受け止めている。
甘さと酸味のハーモニー。
「手の込んだお菓子って……どうしてこんなに美味しいんだろ……!」
「もうない! もうないぞアイラ!!」
あっという間にタルトを食べ尽くしたルインは、一片の食べ残しもするまいと前足で皿を押さえてぺろぺろ舐めていた。
「もっと作ってくれ!」
「いや、時間かかるし、次はゼリーを食べようよ」
「む、そうだ。そっちもあったな」
アイラは保存用魔導具箱からゼリーを取り出した。ちなみにこの魔導具箱、調理の時に自室からキッチンまでわざわざ運んでいる。重いし嵩張るのだが、共同キッチンにこれ以上私物を増やすわけにはいかないし(既にオーブンを設置させてもらっている)、致し方ない。美味しいものを作って食べるために、多少の不便は我慢だ。魔導具箱を開けると、ひんやりした冷気が漂ってくる。つい数日前までこの中はマンムートの肉がぎっしり入っていたのだが、今はゼリー以外何も入っていない。アイラはグラスと皿を取り出した。
「じゃじゃーん。見て見てルイン」
「おぉ! ひんやりぷるぷるしているな」
ルインの言う通り、皿の中のゼリーは冷気を纏ってプルプルとしていた。
シトロンゼリーは黄色みがかった半透明で、色味からして涼やかで実に美味しそうだった。
「いただきます」のかけ声の後、二人はそろってゼリーを口にした。スプーンですくうとわずかな弾力。口にいれれば、ぷるんとしたゼリー独特の食感。
シトロンのゼリーは酸味が強く、爽やかな甘さを感じられる、まさにゼリーにピッタリの味わいだった。
「んーっ、口の中がさっぱりする」
「肉料理を食べた後なんかにいいかもしれないな」
「あっ、わかる。あたしもそう思った」
「夏にもいいな」
「パルモ高地に持って行ったら美味しく食べられるかもよ。ほら、あの場所でバカンスしてる冒険者もいっぱいいたし」
「オレはもう、あの場所には行きたくないな」
スカイドラゴンに乗っての飛行を思い出したのか、ルインは眉間に皺を寄せながらそう答えた。
「ルインが行きたくないならしょうがないね。あとは、んー、ゴア砂漠とか?」
「暑すぎてあっという間に液体化しそうじゃないか?」
「確かにそうかもしんない」
ルインの最もすぎる意見にアイラは納得した。結局ゼリーは、バベルで食べるのが一番良さそうだ。
「さて、次はマドンナのゼリーっと」
シトロンのゼリーをぺろっと平らげたアイラは、続いてマドンナのゼリーに取り掛かる。
マドンナの濃い橙色が反映されているゼリーは、シトロンと違って半透明ではなかった。スプーンをいれれば、中に詰まった果肉がゼリーと一緒にすくい取られる。パクッと一口で食べると、舌にざらりとした粘度の高さが感じられ、間髪いれずにマドンナの濃厚な甘みがあった。かといって、後味に響かないさっぱり具合。同じゼリーでもシトロンとは味わいを異にするものだった。
「わ、こっちも美味しい」
「ゼリーにしては甘みが強いが、これはこれで良いな」
マドンナとシトロン。同じ柑橘系の果物であるものの、その味わいはまるで違う。
口の中がさっぱりさわやかになったところで、アイラはスプーンを置いた。
「はぁ、満足!」
しかしルインは空っぽになった皿をもの寂しげな瞳で見つめていた。
「美味かったが……やはり物足りない。アイラ、肉を狩りに行こう。大きくて食べ応えがある肉がいい」
「え、いいけど……」
「よし、早速行くぞ!」
肉食なルインはデザートだけでは満足できなかったようで、炎のような尻尾をフリフリしつつ、率先して外に向かった。
アイラとルインはギリワディ大森林に向かい、そこでモモンガに似た魔物、ウィトティントを大量に狩り、毛皮は売って肉は自分達で焼いて食べた。
肉を食べた後にシトロンゼリーを食べたら肉の脂が洗い流されて口の中がさっぱりしたので、しばらくは肉を食べたらデザートにシトロンゼリーを食べようとアイラは心に誓ったのだった。






