シトロン・リゾットとマドンナの爽やか料理パーティー②
リゾットは、意外に簡単に作れる。
生の米をフライパンで炒め、米が半透明になったら水を加え、米にやや芯が残る硬さになったらチーズとバターを加えて素早く混ぜる。
ここでファヴィオがさっと取り出したチーズはアイラが見たことのないタイプだった。
「いつも使ってるセンティコアのやつじゃない……?」
「これは畜牛のもので、ハルトという種類のチーズだ。センティコアよりクセがないし、削って使うと風味がいい。フィルムディア一族のシングス様は、このチーズを好んでよく召し上がっている」
楕円形のひと抱えほどもあるハルトチーズは、表面が黄色く、中はクリーム色だった。よほど長い年月をかけて熟成されたようで、水分がほとんどなくカチカチだ。
「このチーズはハンマーとノミを使って削り出す」
ファヴィオは大工用と思しきハンマーとノミを取り出してチーズを削り出した。カーン! カーン! という高い音は、チーズを削っている音とは思えない。粉状になったハルトチーズをフライパンに加えると、チーズがあっという間に溶けて、ふわっといい香りが鼻腔をくすぐった。
最後に胡椒をふり、シトロンの果汁を上から垂らしたら完成だ。
「できた、シトロンの爽やかリゾット!」
ルインがパッと目を開けて、ふんふんと鼻を動かす。
「おぉ……いつものチーズとニオイが違う」
「乳牛のいいやつ使わせてもらっちゃった」
アイラは全員分のリゾットを盛り付けた。
「デザートはマドンナをそのまま食べようっと」
マドンナはかなり皮の薄い果物のようだった。少し力を入れただけで果肉が凹む。ファヴィオの顔がひきつった。
「……一つ金貨五十枚の果物を、そんな風に扱うなんて……!」
「あ、ごめん」
アイラはマドンナの感触を確かめるのを止め、皮を剥くことにした。
この果物、皮の薄さがみかんの薄皮レベルなので、包丁を使う必要がまるでなかった。ヘタの部分に爪を立ててひっぱると、すーっと剥けていく。気持ちいい。楽しくなったアイラは、皮をどんどん剥いた。ルインやスカイドラゴンならば、皮も剥かずそのままかじって食べた方がいいだろう。人間が食べる分だけ皮を剥いてくし切りにする。
これで本日の料理は完成だ。
「他の隊員たちを呼んでくるわ。食卓の準備をお願いするわね」
カテリーナはまとめていた髪をほどき、足早にキッチンから出て行った。その足取りは軽やかで、どことなく浮足立っているのがわかる。弾むように出て行ったカテリーナを見送り、アイラとファヴィオはテーブルに料理を並べた。
やがてやってきた竜商隊の商人たち。エルミニオもいる。シャワーを浴びてきたのか髪がやや濡れており、衣服も変わっていて、さっぱりした様子だった。
「わあ、こんなにたくさん……! アイラさん元気ですね」
「探索と調理はあたしの中でセットになってるから」
探索だけしてその日はおしまい、ということの方が少ない。新鮮な方が美味しいので、狩ってきた食材はその日のうちに料理したい。
「ドラゴンたちはテラスにいるので、そこまで料理を運びましょう。僕も手伝います」
「ありがと」
エルミニオは他の商人たちと一緒にスカイドラゴンがいるというテラスまで料理を運んでくれた。
「リゾットには、辛口ですっきりした飲み口の白葡萄酒ね」
ウキウキと葡萄酒を用意しているカテリーナにファヴィオは白い目を向けた。
「隊長、飲みすぎないようにしてください」
「あら。今日はもう別に仕事もないんだし、いいじゃないの」
「飲みすぎた隊長は面倒です」
カテリーナは副隊長の小言に唇を尖らせたが、取り合ってもらえなかった。
細長いテーブルに料理と飲み物が並ぶ。
「じゃ……早速いただきまーす!」
アイラはスプーンを手に、自らが作り上げたリゾットをすくいあげた。
パクッと口に含むと、まずチーズの味わいが広がる。乳牛のチーズはセンティコアに比べて癖がなく、あっさりとしていて食べやすい。芯の残る程度に仕上げた米はコリっとしていて食感がいい。
それに、あとからくるシトロンの爽やかな酸味が、全てをまとめ上げてくれていた。
「……うっっまぁ〜!」
至福の表情を浮かべているのはアイラだけではなく、竜商隊の人々も同じだった。
あっという間に皿の中身が空っぽになってしまった。
普段のアイラとルインであれば、この量で満足するなんてありえないのだが、今日はパルモ高地で雷鳥と一緒にアンクルゴートの丸焼きを食べていたので満腹になった。満腹なアイラは、いそいそとデザートに手を伸ばす。
鮮やかな橙色をしたマドンナの実にそっとフォークを刺してみた。
抵抗がほぼなく、フォークがスルッと果肉の中に吸い込まれていく。そのまま一口で食べてみる。
「!」
瑞々しい中にジューシーな味わいが広がる、今までにない味わいの果実だった。舌で潰さなくても口の中で果肉がとろけ、心地よい甘みだけが残っている。
「すご……! これが一個金貨五十枚の味!」
「アイラ、この果物美味いぞ!」
貴重な果物をルインは惜しげもなくむっしゃむっしゃと食べていた。ルインの巨大な口の中に、高価なマドンナがどんどん吸い込まれていく。見る人が見たら卒倒しそうな光景だ。竜商隊の人たちはもっと惜しみながらマドンナを食べていた。カテリーナが頬を押さえて満足そうな息を吐く。
「はぁ……美味しいわね。やっぱりマドンナは新鮮なまま食べるのが一番いいわ」
「そういえば他国に運ぶ時はどうしてるの? 長旅の間に腐らない?」
アイラの素朴な疑問にカテリーナはにこやかに答えてくれる。
「そのまま運べば当然、数日のうちに腐ってしまうわ。特殊な魔導具箱にいれて運ぶのよ。その箱の中に入れると、どんなものでも鮮度が保たれるというわけ」
「へー、便利なものがあるんだね」
「聖十大国の魔法技術は日々向上しているわ。今回持ってきた、亜空間収納ポーチもそのうちの一つよ」
「あたしも買った! まだ使ってないけど、すごい便利そうだよね」
「ええ、とても便利よ。聖十大国では一般にも普及しつつあるくらいだから」
「普通の人が魔導具を使うの? 高すぎて無理じゃない?」
「それが、そうでもないのよ。聖十大国は世界で最も豊かな十の国……集まる技術は並ではなく、人々はみんな豊かに暮らしているわ。辺境の国とは、常識も経済力も段違いなの」
「へえ〜」
辺境で生まれ、その後も放浪し続けてきたアイラにはいまいちピンとこない話だ。
「まあ、便利なものが生み出されて、それがこうしてバベルまで持ち込まれたっていうのはいいことだよね。おかげであたしも買えたわけだし」
「あら、豊かな国の人たちを羨まないのね」
「羨ましがってもしょうがないじゃん。バベル好きだし。いろんな魔物が出るから、色々食べられる!」
アイラが目を輝かせ、心の底からそう言うと、カテリーナが笑みを漏らした。
「ふふっ……それでこそ、バベルに生きる冒険者の言葉ね」
和やかに食事が終わり、アイラたちは貴賓室から去って行った。部屋に戻りながらルインに話しかけた。
「美味しかったね、シトロンのリゾットとマドンナ!」
「うむ、文句なしの美味さだった」
「まだまだ材料たくさんあるし、明日は何作ろっかなー!」
「明日のメシも楽しみだな」
ルインは口の周りをペロリと舐めながら、明日の食事に思いを馳せている。
しばらくはバベルに留まり料理三昧な日々になるだろう、とアイラはわくわくした。






