<番外編>至高のもふもふ
アイラは自室で、ただひたすらにルインの毛を撫でていた。
床に腹這いになって寝そべるルインの背中を、ベッドで横になりながら撫でる。なんて至福の一時なのだろう。さっきごはんを食べたばかりだし、もう今日はすることもない。思う存分ルインをもふもふできる。
もふもふ。もふもふもふ。
ルインの毛は細くて長くて柔らかいので、触っていてかなり気持ちいい。体温が高めなので、寒い日なんかは特にそうだ。毛並みにルインの体温が伝わり、さながらカイロのようだった。
ルインに寄りかかって毛布をかければぽかぽかしてくるので、たとえ遮るものが何もない草原や砂漠、あるいは鬱蒼と生い茂る森林やじめじめした湿地帯でも我が家のように安心して眠ることができる。これは探索をする上での大いなる利点である。
探索時は気を引き締めていないと危険だが、いつでも神経を張り詰めていると心身ともに疲弊してしまう。しかしルインにくっついていればリラックスして休めるのだ。
アイラはベッドから上半身を乗り出してルインの首に腕を回し、そのもふもふの毛並みに思いっきり顔を埋めた。
「ルイン、いつもありがとう〜」
「急にどうした」
「ルインがいれば、どこでも我が家だよ」
「どういうことだ」
「あったかくて気持ちいいって、いいよね」
「…………」
「あ、でも、ちょっと臭いかも……そういえば最後にお風呂入ったの、いつだっけ」
この言葉を聞いたルインは素早く立ち上がり、出入り口まで後退した。ベッドから半分身を乗り出していたアイラは、ルインが急にいなくなったことによりバランスを崩し、ベッドから転がり落ちた。
「ふぎゃっ。ちょっと、急にいなくなんないでよ」
「アイラ、お前……今、オレを洗おうと思っただろ」
ルインの目は警戒心と猜疑心に満ち満ちている。狭い部屋の中で出来るだけアイラと距離を取り、いつでも逃げられるように準備万端だ。アイラは床に手をついて上体を起こし、ベッドの上に座り直して頬を掻いた。
「バベルに来てすぐの時に一回洗ったでしょ?」
「あぁ、渋々な」
「その後、ヴェルーナ湿地帯に行った後も洗ったよね」
「沼地の瘴気が毛にこびりついているという理由でな」
「ルーメンガルドの探索拠点では、温泉入んなかったよね」
「雪原では、さほど汚れなかったからな」
「ってことは……一ヶ月半くらいはお風呂入ってないってこと??」
指折り数えたアイラに対し、ルインは何も答えない。
「さすがに、そろそろお風呂入ったほうがよくない?」
「よくない。今のままでも、何の問題もない」
お風呂嫌いなルインはフイとそっぽを向いてしまった。どうしようか。
無理強いはしたくないが、できれば綺麗に洗いたい。あんまり放置してノミがくっついたら困るし、人間社会で共存している以上、最低限の清潔さは保って然るべきである。
ルインはアイラと目を合わせず、耳を後ろに伏せて尻尾を忙しなく左右に振っていた。
あからさまに嫌がっているルインを、どうしたらその気にさせられるのか。
「……朝ご飯にマンムートの特大ステーキ」
「むっ」
「カラフルベリーとココラータのデザートもつけちゃう」
「ぬぬぬ……」
朝は酒場で済ませるか、簡単に作れるものにすることが多いので、朝からステーキを焼くというのはかなりの贅沢だ。おまけにデザート付き。ルインの心が大いに揺れ動いているのが、手に取るようにわかった。
「デザートの種類は」
「ココラータをムースにして、上でカラフルベリーのジャムと実をトッピングする感じでどう?」
「よし。風呂に入ろう」
アイラの説明を聞いたルインが即決し、すっくと立ち上がった。アイラもベッドから降りる。ルインの気が変わらないうちに急いで洗わなくては。
「ステーキは肉厚で、いっぱいだぞ。いっぱい」
「うん。厚切りにしていっぱい焼くよ」
「デザートも大盛りでな」
「わかったわかった」
食い意地の張っている相棒に思わず苦笑を漏らす。
ルインを綺麗に洗ったら共同キッチンに行って明日の仕込みをしよう。ムースを作って、ジャムも仕込んで、買ったばかりの保存用魔導具箱に入れよう。
そう考えながらアイラはルインと一緒に部屋を出て、冒険者ギルドに併設されている従魔専用の浴場へと向かった。






