エピローグ マンムートの串焼き②
巨大な焚き火を囲むように、おびただしい数の鉄串が周囲に刺さっている。辺りの地面はすっかり雪が溶けて地面が見えていた。
鉄串に刺さっている肉から脂が流れ出し、それを燃料にして火がますます轟々と勢いを増している。立ち上る煙からは肉が焼けるなんとも言えない香ばしい匂いが漂っており、それを嗅いだ人々は、一様に顔が綻んだ。
アイラとルインは焚き火に一番近い場所で肉の焼け具合を確かめていた。
「そろそろいいかなっと」
「アイラ! オレにも!」
「はい、どーぞ」
アイラが串を一本差し出すと、待ちかねたようにうめき声をあげたルインが前足で串を器用に挟み込む。歯を使って肉を串から抜き取ると、まだ焼きたて熱々の湯気をたてている肉をハフハフと頬張った。
「……美味い! 美味いぞ!!」
「あたしも!」
ルインほどではないが熱さに強いアイラも串を手に肉に齧り付いた。マンムートの足の部分の肉は、しっかりとした噛みごたえがあり、味わいはあっさりしていた。塩を振った串焼きは表面が焚き火によってこんがり焼かれていて、その焦げ目がカリッとしていてまたいいアクセントになっている。
「美味しい!」
アイラの言葉が皮切りになったのか、見守っていた冒険者たちが我慢ができなくなったらしく、我も我もと金貨片手にアイラに近づいてきた。アイラは肉を食べながら金貨を受け取る。
「勝手に取っていっていいよ」
冒険者たちはどの串にしようかと真剣に吟味していた。アイラはルインに焼けた串を差し出しつつ、自分も串焼きを頬張る。バラ肉は脂身が多くさらにジューシーで、ルインは滴り落ちる肉の脂によって口の周りをまたベタベタに汚していた。
「ルイン……気をつけないとまたお風呂だよ」
「ふがっ!?」
ルインはアイラの声かけに目を見開く。アイラだって嫌がるルインをそう何度も風呂に入れるような無体な真似はしたくない。ルインは牙を使って肉をガブリとかじると、一口で口の中に全部入れて咀嚼し始めた。これなら口の周りも汚れない。
アイラはルインから目をあげると、居並ぶ冒険者たちから少し離れたところに座るフレデリックに気がついて腰をあげた。
「フレイー肉食べてる?」
「いや……」
「なんで? 食べようよ! 美味しいよ!」
アイラは焼けた肉が四つほど刺さった鉄の串をフレデリックに差し出した。フレデリックは銀色の瞳を彷徨わせたが、ゆっくりと手を伸ばして串焼きを受け取る。それからためらいがちに口に運んだ。
「どう?」
「肉の味がする」
「格別な味でしょ? 貴重だよ! もう二度と食べられないかもしれないから、味わって食べないと」
そう言いながらアイラが肉をバクバク食べていると、フレデリックが困惑した。
「とても味わっているようには見えないが……それに、貴重だとわかっているなら、こんなに大勢にあげるべきじゃないだろう」
「え? 味わってるよ〜。それに、みんなで食べた方が美味しいじゃん?」
アイラは結構すごい勢いで肉を平らげているが、味わっていないわけではない。美味しく素早く食べているのだ。そして食べたいと言う人がいるならば、分けるべきだというのは料理人としてごく自然な考え方だ。こんな見せつけるような食べ方をしておいて、独り占めは良くない。今回の場合、パンと同じようにお金を払ってくれているわけだし、お金をもらって料理を振る舞うのは料理人として普通の事だ。
「お前は、本当に……変わった奴だな」
「ん〜、そうかなぁ」
アイラは肉を噛みちぎりながら、でもこれがあたしにとっての普通だしなぁと思った。
フレデリックが肉を食べつつマンムートを見上げたので、アイラもつられて見た。既に相当の肉が切り取られているその死体は、やはり大きい。周囲ではギルド職員たちがあくせくと動き、血を瓶に保管したり皮を折りたたんで持ち帰りやすいようにしている。なんだかやたらと準備がいい。他の職員たちが働いている中、サボって串焼きを食べているクグロフと目が合った。彼は人差し指を口にあてて「見逃してくれ」のポーズをとった。アイラは思わず笑った。
「すごい準備いいんだね?」
「バベルにいるブレッドってギルド職員からの伝言で、『アイラさんなら雪原で焼肉パーティをするかもしれない』って言われてたんだ。その場で解体を始めてもいいように、こっちも準備していたってわけだ」
「なるほどね」
さすがブレッドさん。よくわかっている。アイラは串に残った最後の肉を味わって食べながら、改めて見る巨体を前にしみじみと感想を漏らした。
「ほんとによく倒したよね」
フレデリックも同意する。
「こうして生きているのが奇跡だ。特にお前は……死んだかと思った」
アイラは隣に座るフレデリックが息を吐くのを見て、にひひと笑った。
「倒せたのも死ななかったのも、フレイのおかげだね!」
「俺は別に……大したことはしていない。倒したのはアイラとルインだろう」
「だって足止めしてくれたし、あたしの怪我も治してくれたじゃん。治癒魔法はもう自在に使えるの?」
「ああ。問題なく使える」
「そっか。よかったじゃん」
「ああ」
治癒魔法が使えるということは、フレデリックが己の心を制したということになる。信仰心を失っていなかった何よりの証拠だ。また自信を取り戻してくれるならいいことだ。
「そんでフレイは、これからどうすんの?」
「……俺の身柄はバベルの教会が預かることになった。また一から頑張っていくさ」
「そっか」
フレデリックの表情は出会った時の思い詰めた表情とは一変して、晴れ晴れしたものだった。
焚き火が燻り、串が空っぽになり、宴もたけなわだった。
三々五々に冒険者たちが散っていき、ギルド職員たちの作業も大詰めのようだった。アイラとルインも後片付けをして、立ち上がる。
「さてと……じゃあ、帰る?」
「そうだな。探索拠点に寄っていくのを忘れないように」
「そうだった! 忘れそうだった。ありがとルイン」
「ついでに一泊して、ピエネ湖の魚をまた食べるというのもアリだな」
「それもいいね……あっ」
アイラは歩きかけたところで立ち止まり、大声を出す。ルインが不審そうに首を傾げた。
「どうした?」
「忘れてたと言えば、あたしたち首長竜も倒したんだった!」
「む、そうだった」
アイラとルインはくるっと踵を返した。
「首長竜を討伐したことは、まだ誰も知らないはず……ってことは、他の魔物に食べられちゃってるかな!?」
「それはいかん! オレたちがまだ食べていないというのに!」
「ギルドの職員さんに伝えないと!」
今しがたお腹いっぱいマンムートの串焼きを食べたばかりだというのに、アイラの思考は今度は首長竜に飛んだ。
「どんな味なんだろ、首長竜……! どんな料理にしよっかなぁ!」
「また串焼きでもオレは構わないぞ」
「それもいいよね、お肉の味がよくわかるし!」
ルーメンガルドの雪原は本日も快晴で、氷を纏った木々の間には清涼な風が吹き抜ける。
雪原の覇者と堕ちた者の脅威がなくなったこの場所に、束の間の平和が訪れていた。
おかげさまで本作は【GCノベルズ様より書籍化】の運びとなりました!
ぜひお祝いがわりに、感想や★★★★★での評価などお待ちしております^^
これにて第三章は終わりですが、番外編いくつか挟んで、次は四章になります。
またお付き合いいただけますと幸いです!






