エピローグ マンムートの串焼き①
ルーメンガルドの奥地には、未だマンムートが横たわったままでいる。討伐したアイラが目覚めるのを待ってからどう扱うのかを決めることになっていたようで、周囲には他の魔物が屍肉を漁りにこないよう結界が張ってあり、複数人のギルド職員が監視にあたっていた。
それだけではない。噂を聞きつけたらしい耳の早い冒険者たちが雪原に集まり、マンムートの巨体を見上げていた。
アイラは本日この場所に、ルインとフレデリックとともにやって来ていたのだが、馴染みの顔を見つけて手を振った。
「『石匣の手』のみんなじゃん! やっほー」
「こんにちは、アイラさん」
「噂を聞いて来てみたら、本当に倒してるんだな」
「わたしたち、最初にアイラさんと出会えて本当にラッキーでしたぁ!」
「俺たちの探索もそろそろ再開だなと思ってたから、マンムートがいなくなったのも幸運だった」
「そういえばクルトン君、治ったんだね?」
「おかげさまで、もうすっかり全快だ!」
ジャイアントドラゴンに腹部を貫通されて瀕死の状態だったクルトンは、体をひねって元気さをアピールした。
「冒険者に危険はつきものとはいえ、さすがに死んだかと思った」
「わかる。あたしもマンムートとの戦いは大変だったし」
「やはり大変だったんですか?」
エマーベルの問いかけにアイラはしみじみと首を縦に振った。
「うん。一人じゃ絶対に倒せなかったよ。仲間と協力しての勝利ってやつだった」
「それはやっぱり、ルインさんのことですか?」
「それもあるけど、今回は、ここにいるフレイのおかげ!」
アイラは一歩下がった場所で所在なさげにしているフレデリックを振り返った。
「聖職者を仲間に入れたんですかぁ?」
「そう!」
「おい、俺を巻き込むな」
「いや?」
「俺なんかと一緒にいると知られたら、お前の評判に関わる」
「なんで?」
「なんでって……!」
フレデリックは頭の上にハテナマークを浮かべるアイラににじり寄ると、他の人に聞こえないように声を落として耳打ちした。
「……あのなぁ、俺は『堕ちた者』と言われている、いわばお尋ね者みたいなもんなんだぞ。今ここに来ているのも、俺が仕込んだ捕縛魔導陣を無効化するためで、終わったら贖罪をしないといけないんだ。そこんとこわかってるのか」
「えー? いいじゃん別に。助けてくれたのは事実なんだし」
アイラはフレデリックの言葉にろくに耳を貸さず、不思議そうな顔をする石匣の手の人々にひらひらと手を振ってから結界の内側へ足を踏み入れた。
内部には関係者しか入っていないようで、一番近くにいたギルド職員がアイラたちに気がついた。雪原の岩窟にいた無精髭を生やしたギルド職員クグロフだ。
「やぁ、アイラちゃん。お手柄だったな。だいぶ怪我してるって聞いていたが、もう体の方はいいのか」
「うん、もうすっかり平気。そういえば探索拠点に預けてあった荷物ってどうなってる?」
「まだそのままだ。一日ごとに金貨二枚ずつ保管費用が嵩んでいくから、取りに行ったほうがいいぞ」
「げっ」
アイラとルインは顔を見合わせた。
「今日この後取りに行こうか」
「そうだな。無駄金は良くない」
クグロフははっはっはと笑った。
「マンムートを討伐したんだ、金貨の数十枚くらいじゃ財布はビクともしないだろ。ま、とはいえ、探索拠点の収容量も限界があるから、早く引き取ってくれるならありがたいが」
そう言ってクグロフは再びマンムートへと視線を移す。アイラもつられて前を見た。
「これが……マンムート! 晴れた時に見るとまた圧倒的だね」
「改めて見るとでかいな」
アイラは近づいて、首からかけている鑑定魔導具を目にあててマンムートを鑑定した。
【マンムート】
寒冷地に住む魔物。その魔力は周囲の気候を捻じ曲げて雷雲と吹雪を呼び、その足は一歩歩くごとに地響きを起こし、雄叫びは雪崩を引き起こす。皮膚は分厚く並の武器では傷をつけることは出来ず、魔力耐性があるので生半可な魔法も効かない。突然の吹雪に見舞われたら真っ直ぐに踵を返して逃げるべき。
討伐に成功した場合、マンムートのあらゆる部位は貴重な素材になる上、肉は食用可。
「食用可、だって。よかったぁ」
「これだけ苦労して倒して食用できないとなると悲しいからな」
アイラの呟きにルインがしきりに頷いた。クグロフがアイラたちを見る。
「じゃ、この魔物、どうするんだ? 自分たちで使う分は取っておいて、あとはギルドに買取りに出すのがセオリーだが……」
「肉だけ自分たちで食べるから。今ここで」
「今ここで!?」
アイラの言葉に耳を疑うとばかりにクグロフが聞き返してきたが、アイラは笑顔で繰り返した。
「うん。今ここで!」
アイラはルインに括り付けてあった荷物をいそいそと外して準備に取り掛かった。
「やっぱ獲物は、仕留めた場所で食べるのが一番だよね! ピエネ湖のほとりで食べたキュウリュウウオの素揚げとか刺身とかも美味しかったし。外で食べるごはん最高」
アイラはファントムクリーバーを引き抜くと、マンムートの体を切断しにかかる。どこから食べようか迷うほどの巨体であるが、とりあえず足にしよう。足を輪切りにすると、分厚い皮膚の中に赤い肉が現れた。鮮やか、と形容するよりは、少し落ち着いた色合いの肉だ。脂肪がやや多いのは、やはり厳しい寒さに耐えるために脂肪を蓄えているせいなのだろう。ルーメンガルドの魔物たちは総じて脂肪量が多かった。
「わー、これだけでも食べ応えあるボリューム」
アイラは輪切りにした肉の皮を剥くと、適当な大きさにカットした肉を鉄の串にぐさぐさ刺した。串刺しにした肉を大量に用意する。あればあるほどいい。多いに越したことはない。だんだん自分一人で全部やるのが面倒になってきたので、山盛りの肉と鉄串をフレデリックに差し出した。
「ねえフレイ、手伝って」
「は!? なんで俺が」
「だってフレイも食べるでしょ?」
「いや食べないが……」
「え、食べないの!? なんで!?」
「なんでって……俺が倒したわけじゃないんだからもらうわけにはいかないだろう」
「いや、倒したじゃん。フレイの捕縛魔法陣がなかったら、絶対に倒せなかったよ。だからフレイにもこのお肉を食べる権利がある。だからフレイにも、料理を手伝う義務がある」
「…………」
「はい。この肉をひたすら串に刺していって。あたしは肉を切っていくから」
フレデリックが若干納得がいかなさそうな顔をしつつも肉と串を手にとってくれたので、アイラは満足して肉を切り出す作業に集中することにした。
「輪切りにしてから皮を剥いたら、素材にする時に不便だよね……もっと大きな塊で、切って剥いでいこうっと。足はもういいや。次はお腹部分にしよう」
アイラはマンムートの四本足の間に潜り込み、いわゆるバラと呼ばれる部分を切り出すことにした。バラは脂が特に多い部分で、ジューシーだ。アイラもルインもバラ肉が大好きだ。一面の皮を剥いでざくざくと切り出し、こまぎれにする。大きさが大きさなので、どれだけ切り出してもまだまだ肉はなくならない。
「これもお願いね」
「おいっ、どんだけ食べるつもりなんだ」
「いっぱい!」
アイラの周囲で見守っている冒険者たちが、ゴクリと生唾を飲む音がした。やがてうちの一人が、我慢できなくなったようで手を上げる。
「おい、それ……俺にも食わせてくれ! 金なら払うから!」
「俺もだ!」
「私も! パンの時みたいに金貨一枚でどう!?」
この一言を皮切りに、金貨一枚を天高く掲げた冒険者が押し寄せた。アイラはルインをちらりと見る。ルインは呆れ顔だった。
「アイラの好きにすればいい。どうせ全部は食い切れんだろう」
「よぉし……じゃ、みんな、マンムートの串焼きパーティだね!」
アイラの一声に、うおおおあああっと野太い雄叫びが上がった。






