メリットの提示
メリットなどあり得ない話と判断した主人公は、相手がどんな話を持ってくるのか、見下しつつも楽しみにしています。
果たして、メリットとはいったい……
掃除当番だった沙耶は、俺に遅れること15分で校舎裏に現れた。
「待たせたわね」
「ま、掃除だからな。しょうがないさ」
それに、待っている間、姉貴の事を考えてたから、有意義な時間を過ごせたのだ。
まるで問題はない。
いや、それどころか、こいつがもっと遅れてくれれば、もっと姉貴のことを考えていられたことを考えると、来るのが早すぎる、まである。
「悪かったわ」
「は? 掃除なんだから、仕方ないのは解ってるって言っただろ」
「そっちじゃない」
ならば、どっちだというのだろうか。
「あと数分、ゆっくりしてくれれば良かったのにって、そんな顔してる。どうせ、お姉さまの事を考える時間がもっと欲しかったんでしょうよ」
「馬鹿な……そんな馬鹿な……」
沙耶がどや顔になり、唖然とする俺を視線で射すくめる。
「私が近づくまで、すごく緩い顔してた。腹立たしい」
それはこちらのセリフだ。
こいつ、俺の事をどこまで読んでやがる。
ムカつくというより、恐怖を感じる。
「私は、もう少し時間を潰してこなかかったこと、に対して謝ったのよ」
「そ、そうか……なら、その謝罪は受け入れよう」
俺はそう言うしかない。
「で、話を始めてもいいかしら」
今日は、完全に主導権を取られてしまっている。
このまま話を始めることに、危機感を覚えるが、しないわけにもいかない。
そんな葛藤に俺が苛まれている間に、沙耶は話を始めた。
「まずは、お姉さま以上の女がいない以上、貴方は誰にも靡かない。そこからよね」
「ああ、そうだったな」
「そうすると、まともな手段、考え方では貴方は一生独身ってことよね」
勝ち誇るような顔で言い切る沙耶に対し、しかし、俺は同意するしかない。
「その通りだな」
妥協はしないという確固たる意志を滲ませ、俺は力強く同意する。
「厳、貴方はそれでいいんでしょう」
「どこか問題が?」
俺の返事に、沙耶は我が意を射たりといった顔をする。
「そのことをお姉さまが知ったらどう思うかしらね」
「う……」
俺は姉貴に大事にされている。そのことに疑いはない。
その大事な弟が自分のせいで一生独身、それは優しい姉貴に到底耐えられる事態ではない。
「あ……あああ……」
「解ったようね」
「しかし、しかし……俺は……」
「そこで私の出番なわけよ」
「くっ、人の弱みに付け込むようなことを……」
てっきりドヤ顔になると思った沙耶は、寂しげな表情を浮かべた。
「それで、それは私も同じわけよ」
「同じって、どういうことだよ」
「お姉さまに心酔しすぎて、男女問わず、魅力を感じないの、結局あんたと同じなの」
「ああ……それでお前も一生男に縁がないってなると……」
「まあ、どう転んでも、気にするでしょうね」
そして、ここでドヤ顔になる沙耶。
「だからもう、こうなったら、お姉さまのために出来ることはこれしかないのよ」
「くっ、確かに、言われてみれば、気持ちが伴わない関係を容認できるのは俺達だけか」
他の女に、理由を述べて俺とくっつけと言ったところで認めることはないだろう。
だからといって、本音を隠して騙し続けるのも酷すぎる。
「どうやら、わかったようね」
「ああ、残念だが、それしかないようだな」
今、姉貴は都会の大学に通っている。
地元から離れて、一人で生活しているのだ。
その姉貴に心配をかけないように、身勝手な俺たちの思いで責任を感じさせないために、俺は覚悟を決めた。
「だが、そうなると……」
「ええ、付け焼刃だと、バレるのは間違いないわね」
そして、バレたら、全てが水泡に帰す。
「あと3年と半分か」
姉貴の卒業まであと約3年半。
それまでに、自然な感じでこいつと将来を誓い合った恋人になる。
ミッションの難易度に、想像するだけでくじけそうになる。
「どうやら、同じことを考えているようね」
「ああ、多分な」
「とても苦労すると思う、だけど、頑張れるよね?」
「ああ、絶対な」
俺は耐えられる。
姉貴の為なら、それは自信がある。
そして、沙耶も同様だろう。
ムカつく奴ではあるが、姉貴に対する気持ちだけは認めている。
この俺が認めるぐらいなのだから、折れないだろう。
「しかたない」
「ええ、改めて言わせてもらうわ」
沙耶は息を吸い込んで、発端となった言葉を再び俺になげかける。
「付き合ってください。結婚前提で!」
「わかった付き合おう。結婚前提で!」
こうして、俺と沙耶のおかしな関係は幕を開けたのだった。
メリットがわかったので、お付き合いをすることになります。
が、やはり、まともなお付き合いにはなるわけもなく……